デザイン思考で本質的な課題を見つける アフィニティダイアグラム実践ガイド
はじめに
プロジェクトを進める中で、私たちは日々、大量の情報や多様な意見に触れます。顧客からのフィードバック、市場データ、部門からの要望、チームメンバーのアイデアなど、その種類は多岐にわたります。これらの情報が整理されずに散在していると、何が重要で、本当に解決すべき本質的な課題は何なのかが見えにくくなってしまいます。結果として、表層的な問題解決に終始したり、間違った方向にリリソースを投じてしまったりする可能性があります。
デザイン思考は、このような状況において、ユーザー中心の視点から課題を発見し、創造的な解決策を生み出すための強力なアプローチを提供します。特に、デザイン思考の初期段階である「定義(Define)」ステージでは、共感(Empathize)ステージで収集した様々な情報や洞察を整理し、解決すべき「本質的な課題」を明確にすることを目指します。この「定義」ステージで非常に有効なツールの一つが、アフィニティダイアグラム(Affinity Diagram)です。
本記事では、このアフィニティダイアグラムとは何か、そしてどのように実践するのかについて、具体的なステップと実践のヒントを交えながら解説いたします。複雑な情報を整理し、チームの共通認識を醸成し、本当に取り組むべき課題を見つけ出すための実践的な手法として、ぜひ皆様の業務やプロジェクトにご活用ください。
アフィニティダイアグラムとは
アフィニティダイアグラムは、「KJ法」としても知られる、質的な情報やアイデアを整理・構造化するための手法です。収集した個々の情報をカード(ポストイットなど)に書き出し、それらを類似性や関連性に基づいてグループ化していきます。最終的に、それぞれのグループにタイトルを付け、グループ間の関係性を整理することで、情報全体の構造を理解し、そこから本質的な課題やインサイトを導き出すことを目的とします。
なぜアフィニティダイアグラムが有効なのでしょうか。その理由は、以下の点にあります。
- 複雑な情報の構造化: 膨大な情報や多様な意見を視覚的に整理し、全体像を把握できます。
- 共通認識の醸成: チームメンバーがそれぞれの情報を持ち寄り、共に整理するプロセスを通じて、共通の理解や視点を育むことができます。
- 潜在的な課題の発見: 個々の情報の背後にあるパターンや関連性を見出すことで、当初は気づかなかった本質的な課題やニーズが浮かび上がることがあります。
- 判断保留の促進: 情報を感情や先入観から切り離し、客観的に整理するプロセスを促します。
アフィニティダイアグラムの実践ステップ
アフィニティダイアグラムは、シンプルながらも効果的なフレームワークです。以下に、その基本的な実践ステップをご紹介します。
ステップ1:準備
- 目的の明確化: 何を明らかにするためにアフィニティダイアグラムを実施するのか、目的(例:顧客の潜在ニーズを理解する、部門間の課題を特定する、アイデアの方向性を整理する)をチームで共有します。
- 情報の準備: ワークショップやインタビューで収集した顧客の声、観察結果、チームメンバーの意見、データから読み取れることなど、整理したい対象となる情報を準備します。それぞれの情報を、後でグループ化しやすいように、一つの情報につき一枚のカード(ポストイットなど)に簡潔に書き出しておきます。この際、具体的な事実や発言をそのまま引用するなど、抽象的すぎない情報にします。
- 物理的空間とツール: 十分な広さの壁やホワイトボード、模造紙など、カードを貼り付けて整理できるスペースを確保します。大量のポストイットやマーカーペンを用意します。
ステップ2:アイデア・情報の収集と展開
- 準備したカードを、壁やホワイトボードにランダムに貼り付けていきます。チームメンバーそれぞれが担当する情報を貼り出したり、全員で一斉に貼り出したりします。この段階では、並び順やグループ分けは気にせず、全ての情報を「見える化」することに集中します。
- 情報が足りないと感じる場合は、必要に応じて情報を追加したり、不明な点を確認したりします。
ステップ3:グループ化
- 貼り出された全ての情報を俯瞰し、類似性や関連性のあるカードを物理的に近くに移動させて集めていきます。
- このステップで重要なのは、「これは〇〇だからこのグループ」「この情報は△△のことだからここに置く」といった議論を極力行わないことです。まずは直感的に「これはこれと似ている」「これらは関連がありそう」と感じるもの同士を集めていきます。
- 参加者全員で同時に、無言でカードを動かすと、互いの視点や関連性の捉え方の違いが可視化され、興味深いグループが自然と生まれることがあります。後から、「なぜそこに置いたのか」を軽く確認し合う時間は設けても構いません。
- どうしても判断に迷うカードは、一旦保留にするか、複数のグループに関連する可能性を示唆するためにコピーして両方のグループに置くことも可能です。
- 明確な類似性が見出せないカードは、最初は単独のグループとして扱います。
- ある程度のグループが形成されたら、それぞれのグループを物理的に線で囲むなどして区別します。
ステップ4:タイトルの付与
- それぞれのグループが示す内容やテーマを最もよく表す言葉やフレーズを考え、そのグループのタイトルとしてカード(色の違うポストイットなど)に書き出し、グループの上部に貼り付けます。
- タイトルは、グループ内のカード全ての意味を包含し、かつ簡潔なものが望ましいです。最初は仮のタイトルでも構いません。
- タイトルを考える過程で、グループ内の情報が本当に類似しているか、適切にまとめられているかを再確認できます。必要であれば、グループを分割したり、他のグループと統合したりします。
ステップ5:関係性の整理
- タイトルが付与された各グループを見渡し、グループ間に関係性がないか、より大きなカテゴリにまとめられないかなどを検討します。
- 関連性の深いグループ同士を線で結んだり、さらに大きなまとまりとして括り直したりすることで、情報全体の構造や階層を明らかにしていきます。これにより、どのテーマがより重要か、どの課題が他の課題と関連しているかといった洞察が得やすくなります。
- この段階で、全体像を模造紙などに清書し、構造を明確に描画することもあります。
ステップ6:本質的な課題の特定
- 整理された情報構造と各グループのタイトル、そしてグループ間の関係性をじっくりと観察します。
- ここから、最初に設定した目的(例:顧客の潜在ニーズ、部門間の課題など)に照らし合わせ、最も重要と思われる本質的な課題や、新たな機会につながるインサイトを特定します。
- 特定した課題は、「〇〇(ユーザー)は△△(ニーズ)を必要としている、なぜなら□□(インサイト)だから」といった「How Might We(どうすれば私たちは〜できるか?)」の問いの形に落とし込むと、その後のアイデア発想(Ideate)ステージに進みやすくなります。
実践のヒントと注意点
アフィニティダイアグラムをより効果的に行うためのヒントと注意点を挙げます。
- 客観性を保つ: 情報を整理する際は、自分の意見や解釈を混ぜず、収集した事実や発言そのものに忠実であるように心がけます。
- 判断を保留する: グループ化の初期段階では、「正しい」「間違っている」といった評価や、「なぜこうなるのか」という深掘りは一旦保留し、純粋な関連性に基づいて情報を寄せ合います。
- 全員参加を促す: チームメンバー全員が情報を持ち寄り、整理のプロセスに参加することで、多様な視点が反映され、チーム全体のコミットメントが高まります。
- 物理的な空間を活用する: デジタルツールもありますが、多くの情報量を一度に俯瞰し、手でカードを動かすという物理的な作業は、脳を活性化させ、直感的な関連性の発見を促す効果があります。大きな壁一面を使うなど、大胆にスペースを活用してみてください。
- 完璧を目指さない: 最初から完璧な構造を目指す必要はありません。まずは情報を出し切り、ざっくりとグループ化し、後から調整していく柔軟な姿勢が重要です。
活用例
アフィニティダイアグラムは、様々なビジネスシーンで活用できます。
- 顧客フィードバックの分析: 収集した大量の顧客からの要望や不満を整理し、主要な課題テーマや潜在ニーズを洗い出す。
- 部門横断チームでの課題共有: 各部門が抱える課題や認識を共有し、共通の優先課題やプロジェクト全体のボトルネックを特定する。
- ブレインストーミング結果の整理: 発散された大量のアイデアを整理し、有望なアイデアの方向性やテーマを絞り込む。
- ユーザー調査結果の統合: 複数のユーザーに対するインタビューや観察で得られた情報をまとめ、ユーザー像や課題を深く理解する。
- 現状分析と問題点の特定: プロセス改善のために、現状の課題や問題をリストアップし、それらを構造的に整理することで、根本原因や優先順位の高い問題を見つける。
製造業のプロジェクトにおいても、例えば「顧客からの製品に関する複雑な問い合わせ内容を分類・整理し、FAQ作成や製品改善のヒントを得る」「製造現場で発生する多様な問題点を収集し、主要な原因や改善テーマを特定する」「複数の協力会社からの要求事項を整理し、プロジェクト要件の優先順位付けに役立てる」といった形で、アフィニティダイアグラムは強力なサポートツールとなり得ます。
まとめ
アフィニティダイアグラムは、デザイン思考の「定義」ステージにおいて、収集した多様な情報やアイデアを整理し、本質的な課題を明確にするための実践的で効果的な手法です。複雑な情報を構造化し、チームの共通認識を醸成し、隠れたインサイトや真に解決すべき課題を発見するのに役立ちます。
物理的な空間とポストイットがあればすぐに実践できます。チームでのワークショップ形式はもちろん、個人で思考を整理する際にも応用が可能です。ぜひ、皆様のプロジェクトや日々の業務の中でアフィニティダイアグラムを積極的に活用し、本質的な課題発見と創造的な問題解決への第一歩を踏み出してください。デザイン思考の次のステップであるアイデア発想は、明確に定義された課題があってこそ、より質の高いものとなるのです。