デザイン思考 アナロジー思考の実践 異分野の知恵をアイデアに変える
デザイン思考を実践する中で、従来の思考パターンや既存の枠組みにとらわれ、アイデア創出に行き詰まることは少なくありません。特に長年の経験を持つビジネスパーソンにとっては、専門分野の知識が豊富であるからこそ、かえって視野が狭まってしまう場合があります。このような状況を打開し、発想力を飛躍させる強力なテクニックの一つに「アナロジー思考(類推思考)」があります。
アナロジー思考は、ある対象(課題)を別の領域や分野の物事(アナロジー元)にたとえて考えることで、新たな視点や解決策を見出す思考法です。デザイン思考の共感フェーズやアイデア創出フェーズにおいて、このアナロジー思考を取り入れることで、予測不可能なアイデアや、既存の延長線上にはない画期的な解決策にたどり着く可能性が高まります。
アナロジー思考とは何か
アナロジー思考は、本質的に異なる二つの物事の間の類似性に着目し、一方の知識や構造を他方に適用しようとするプロセスです。例えば、人間の心臓の仕組みをポンプにたとえたり、蟻の群れの振る舞いを分散型システムに応用したりといった例が挙げられます。
デザイン思考においてアナロジー思考を活用する目的は、対象とする課題やユーザーニーズに対して、全く異なる視点からアプローチすることです。自分たちの業界や既存の慣習に縛られず、異分野の成功事例や仕組み、自然現象などからインスピレーションを得ることで、斬新なアイデアを生み出すきっかけを作ります。
デザイン思考におけるアナロジー思考のプロセス
デザイン思考の中でアナロジー思考を実践するための具体的なステップをご紹介します。このプロセスは、特にアイデア創出フェーズを活性化させるために有効ですが、共感フェーズでユーザーの隠れたニーズを理解する際にも示唆を与えてくれます。
ステップ1:対象となる課題やニーズの明確化
まず、アナロジー思考を適用したい具体的な課題や、深掘りしたいユーザーニーズを明確にします。これは、デザイン思考の定義フェーズで設定したPOV(Point of View)やHMW(How Might We...?)クエスチョンなどが起点となります。「どのようにすれば、ユーザーが〇〇の際に感じる××という不満を解消できるか?」といった具体的な問いを設定します。
ステップ2:アナロジー元の探索
次に、ステップ1で明確にした課題やニーズと、何らかの類似性や関連性がありそうな、全く異なる領域や分野を探します。この「アナロジー元」は、自分たちのビジネス領域とはかけ離れているほど、新鮮な視点が得られる可能性が高まります。
アナロジー元の例:
- 自然界: 生物、物理現象、化学反応、気象
- 他産業: 全く異なる製造業、サービス業、エンターテイメント、医療、教育
- 歴史: 過去の出来事、発明、社会システム
- 文化・芸術: 音楽、絵画、建築、文学
- 日々の生活: 料理、スポーツ、遊び、通勤
この探索は、チームメンバー各自の知識や経験、インターネット検索、書籍などを通じて行います。重要なのは、常識にとらわれず、一見無関係に見える領域にも目を向けることです。
ステップ3:アナロジー元の分析と類似性の発見
探索したアナロジー元について、その仕組みや特徴、成功要因、課題解決の方法などを詳しく分析します。そして、対象としている課題やニーズとの間に、どのような本質的な類似性や構造的な共通点があるかを探ります。
例えば、「顧客体験の待ち時間を減らす」という課題に対して、「遊園地の待ち時間を楽しませる工夫」というアナロジー元を考えたとします。遊園地では、待ち時間にアトラクションの世界観を体験させたり、列に並ぶ通路を工夫したり、整理券システムを導入したりしています。これらの「仕組み」が、自分たちの課題に対してどのような示唆を与えてくれるかを考えます。
ステップ4:アナロジーの転用とアイデアの生成
アナロジー元から得られた示唆や仕組みを、対象となる課題やニーズに「転用」します。発見した類似性や構造を、自分たちの文脈に当てはめて、具体的なアイデアを生成します。
遊園地の例で言えば、「顧客体験の待ち時間を減らす」課題に対し、「待っている間に製品やサービスのコンセプトを体験できるデジタルコンテンツを提供する」「待ち列の空間デザインを工夫して快適性を高める」「予約システムと連動した整理券を導入する」といったアイデアが生まれる可能性があります。
アナロジー思考を効果的に行うためのポイント
- 多様なアナロジー元を探る: 一つの領域に固執せず、できるだけ多様な分野からアナロジー元を探ることで、よりユニークなアイデアが生まれやすくなります。
- 抽象化と具体化の往復: 課題やニーズを一旦抽象化し、アナロジー元と比較検討し、再び具体化してアイデアに落とし込むというプロセスを意識的に行うことが重要です。
- チームでの実践: チームメンバーそれぞれの知識や経験が異なるため、アナロジー元の探索や類似性の発見をチームで行うことで、より幅広い視点を取り入れることができます。
- 批判よりも受容: 最初は突飛に思えるアナロジー元やアイデアも、すぐに否定せず、一度受け入れて掘り下げてみることが重要です。
- 失敗から学ぶ姿勢: アナロジー思考から生まれたアイデアが全て成功するわけではありません。プロトタイピングやテストを通じて検証し、そこから学ぶ姿勢が不可欠です。
製造業でのアナロジー思考応用例
製造業の文脈でも、アナロジー思考は多様な課題解決に役立ちます。
- 製品開発: 自然界の構造(例: ハニカム構造の強度、蓮の葉の撥水性)を模倣した素材や構造の開発(バイオミミクリー)。
- 生産プロセス改善: 他産業(例: サービス業の効率的なフロー、物流システムの最適化)のプロセスを参考に、製造ラインのボトルネック解消やリードタイム短縮を図る。
- 組織運営: スポーツチームの連携や音楽オーケストラの協調性をアナロジー元に、部署間の連携強化やチームビルディングの方法を考える。
- 顧客サービス: 医療現場での患者ケアの仕組みや、教育現場での個別の学習支援を参考に、顧客サポート体制や製品利用時のオンボーディングプロセスを改善する。
まとめ
アナロジー思考は、デザイン思考における発想の幅を大きく広げる強力なツールです。既存の知識や経験に頼るだけでなく、異分野の知恵を積極的に取り入れることで、予測困難な変化に対応し、画期的なイノベーションを生み出す可能性が高まります。
日々の業務やプロジェクトにおいて、行き詰まりを感じた際には、ぜひアナロジー思考を試してみてください。身の回りの全く異なる物事の中に、課題解決のヒントが隠されているかもしれません。この思考法を実践することで、あなたの発想力はさらにブーストされることでしょう。