デザイン思考 発散と収束の最適なバランスを見つける実践ノウハウ
デザイン思考における発散と収束の重要性
デザイン思考は、複雑な課題に対して人間中心のアプローチで解決策を生み出すための思考法です。そのプロセスの中核には、「発散(Divergence)」と「収束(Convergence)」という二つの異なる思考モードの繰り返しがあります。この二つを適切に使い分け、バランスを取ることが、質の高いアイデアを生み出し、実現可能な解へと導く鍵となります。
製造業におけるプロジェクト推進においても、新しい製品やサービス開発、業務プロセスの改善といった場面で、既存の枠にとらわれない発想(発散)と、限られたリソースや技術的制約の中で最善の選択をする判断(収束)の両方が不可欠です。しかし、現場では「アイデアは出るが、まとまらない」「早く結論を出したいが、良いアイデアが出ない」といった悩みを抱えることも少なくありません。
この記事では、デザイン思考における発散と収束のそれぞれの目的、各フェーズでの役割、そしてチームでその最適なバランスを見つけ、効果的に切り替えるための具体的なノウハウについて解説いたします。
発散とは? 収束とは? それぞれの目的
デザイン思考における「発散」とは、特定のテーマや課題に対して、多様な視点からできるだけ多くの可能性やアイデア、情報を「広げる」思考プロセスです。ここでは、アイデアの質よりも量を重視し、自由な発想を促します。判断や批判はせず、突飛に思えるアイデアや情報も歓迎されるべきです。
一方、「収束」とは、発散によって生まれた多様なアイデアや情報の中から、最も有望なもの、次に進むべき方向性、あるいは本質的な課題などを「絞り込む」「焦点を当てる」思考プロセスです。ここでは、論理的な分析、基準に基づいた評価、意思決定が求められます。
それぞれの主な目的は以下の通りです。
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発散の目的:
- 既存の枠や前提を取り払う
- 多様な可能性を発見する
- 潜在的なニーズやインサイトを探求する
- 量の中から質の高いアイデアが生まれる確率を高める
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収束の目的:
- 複雑な情報を整理し、構造化する
- 最も有望な選択肢を特定する
- 次のアクションを明確にする
- リソースを効果的に活用するための判断を行う
デザイン思考の各フェーズにおける発散と収束
デザイン思考の代表的な5つのフェーズ(共感、定義、アイデア発想、プロトタイピング、テスト)は、それぞれに発散と収束のサイクルを含んでいます。
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共感(Empathize)フェーズ:
- 発散: ユーザーへのインタビュー、観察、文献調査などを通じて、ターゲットユーザーに関する多様な情報(行動、思考、感情、ニーズ)を広く集めます。
- 収束: 集めた情報の中から、ユーザーの本当の課題や隠れたニーズ(インサイト)を特定し、パターンを見つけ出します。
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定義(Define)フェーズ:
- 発散: 共感フェーズで見つかったインサイトを様々な角度から問い直し、複数の課題設定の可能性を探ります。(例: 「〜はどのようにすればより良くできるか? (How Might We?)」という問いを複数立てる)
- 収束: チームとして取り組むべき最も重要で挑戦しがいのある課題を一つ、あるいは少数に絞り込み、明確な問題定義(Point of View: PoV)を行います。
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アイデア発想(Ideate)フェーズ:
- 発散: 定義された課題に対して、ブレインストーミングやSCAMPERなどの手法を用いて、質を問わずできるだけ多くのアイデアを自由に出し合います。
- 収束: 出されたアイデアの中から、PoVに最も合致するもの、新規性や実現可能性の観点から有望なものを絞り込み、プロトタイピングに進むアイデアを選択します。
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プロトタイピング(Prototype)フェーズ:
- 発散: 選択したアイデアを形にするために、複数の異なる種類のプロトタイプ案(スケッチ、模型、ストーリーボード、簡単なモックアップなど)を検討・作成します。
- 収束: 作成したプロトタイプの中から、テストすべき最も重要な要素や仮説を検証できるものを選び、次のテストフェーズに進める形に仕上げます。
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テスト(Test)フェーズ:
- 発散: ユーザーにプロトタイプを使ってもらい、様々な角度からフィードバックや反応を収集します。予期せぬ発見や新たな課題が見つかることもあります。
- 収束: 得られたフィードバックを分析し、プロトタイプの改善点、アイデアの有効性、あるいはPoVの見直しが必要かなど、具体的な学びを抽出します。
このように、デザイン思考のプロセス全体は、大小様々な発散と収束のサイクルで構成されています。
効果的な発散・収束のための実践ノウハウ
発散と収束を効果的に行い、チームの創造性と生産性を最大化するためには、いくつかの実践的なノウハウがあります。
1. 発散フェーズのノウハウ
- 明確なルール設定と共有: ブレストであれば「批判しない」「質より量」「ユニークなアイデアを歓迎」「アイデアに乗っかる」といった基本的なルールを事前に共有し、徹底します。
- 安心・安全な場の雰囲気作り: どんなアイデアでも安心して出せる心理的な安全性が必要です。ファシリテーターはポジティブな姿勢を保ち、参加者全員の発言を奨励します。
- 制約の活用: あえて時間やリソース、技術などの「制約」を設けることで、発想を特定の方向に集中させ、よりユニークなアイデアが生まれることがあります。
- 多様な視点の導入: チームメンバーだけでなく、異なる部署や専門性を持つ人、あるいは外部の視点を取り入れることで、発散の幅が広がります。
- 付箋やホワイトボードの活用: アイデアを書き出し、可視化することで、全員が共有しやすくなり、アイデア同士の偶発的な結合も促されます。
2. 収束フェーズのノウハウ
- 収束の基準を事前に合意: 何を基準にアイデアを絞り込むのか(例: PoVとの合致度、実現可能性、新規性、ユーザーへのインパクト、コストなど)をチームで事前に合意しておきます。これにより、主観だけでなく客観的な判断が可能になります。
- 情報の整理と構造化: 発散フェーズで集まった大量のアイデアや情報を、アフィニティダイアグラム(KJ法)などを用いてグルーピングし、全体像を把握します。
- 段階的な絞り込み: 一度に完璧な答えを見つけようとせず、まずは大まかな方向性で絞り込み、次に具体的なアイデアで絞り込むなど、段階を踏むことで混乱を防ぎます。
- 評価マトリクスの活用: 複数の基準に基づいてアイデアを評価するマトリクスを作成し、比較検討します。
- デシジョンツール(投票など): チームで合意形成を図るために、ドット投票など視覚的で分かりやすい方法を取り入れることがあります。ただし、単なる多数決ではなく、議論のたたき台として活用することが重要です。
- PoVへの立ち返り: 絞り込みの判断に迷った際は、最初に設定したPoVに立ち返り、「このアイデアは、誰のどんな課題を、どのように解決するものなのか?」と問い直します。
3. 発散と収束の切り替えノウハウ
最も重要なのは、意図的に「今から発散の時間」「今から収束の時間」と明確に区切りをつけ、チーム全体でそのモードを共有することです。
- 時間制限の設定: 各フェーズやアクティビティごとに時間制限を設けます。「この1時間はとにかくアイデア出し(発散)」「次の30分で出たアイデアをグルーピングし、3つに絞り込む(収束)」のように明確にします。
- ファシリテーターの役割: ファシリテーターは、チームが今どちらのモードにいるのかを意識させ、必要に応じてモードの切り替えを促します。発散中に収束的な意見が出そうになったら「今は発散の時間です。判断は後にしましょう」と介入します。
- 物理的な区切り: 物理的に場所を変えたり、異なる色の付箋を使ったり、音楽を変えたりするなど、視覚的・聴覚的な変化でモードの切り替えを意識させる工夫も有効です。
- 両モードの重要性を理解: チームメンバー全員が、発散と収束のどちらか一方だけではデザイン思考は成り立たないことを理解し、両方の思考モードに価値を置く文化を醸成します。
まとめ
デザイン思考における発散と収束のバランスは、イノベーション創出のための重要な要素です。発散でアイデアの幅を最大限に広げ、収束で最も有望な選択肢に焦点を当てる。このサイクルを意図的に、そして効果的に繰り返すことが、単なる思いつきではない、ユーザーにとって価値があり、かつ実現可能な解決策を生み出す力となります。
特に製造業の現場では、既存のプロセスや制約に縛られやすい傾向があるかもしれません。意識的に発散の時間を作り、自由な発想を促す一方で、収束の際には明確な基準と論理的な思考を用いて、現実的な解へと落とし込んでいく。この両輪を上手く回すことが、プロジェクト成功の鍵となるでしょう。
ぜひ、この記事で解説したノウハウを参考に、日々の業務やプロジェクトにおける発散と収束の質を高め、発想力を最大限に引き出し、具体的な成果に繋げていただければ幸いです。