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デザイン思考 エンパシーマップ実践ガイド 顧客(ユーザー)の隠れた本音とニーズを読み解く

Tags: デザイン思考, エンパシーマップ, 共感, 顧客理解, フレームワーク, 実践ガイド, ニーズ発見

デザイン思考は、複雑な課題に対して人間中心のアプローチで解決策を生み出す強力なフレームワークです。その根幹にあるのが「共感(Empathize)」フェーズであり、顧客やユーザーを深く理解することから全てが始まります。しかし、単にアンケートを取ったり、表面的な行動を観察したりするだけでは、彼らの真のニーズや感情、思考を捉えることは難しい場合があります。

顧客(ユーザー)の言葉にならない本音や、行動の背景にある隠れた動機を理解するためには、構造化されたアプローチが有効です。ここで役立つ実践的なツールの一つが、「エンパシーマップ(Empathy Map)」です。

本記事では、デザイン思考におけるエンパシーマップの活用法に焦点を当て、その基本的な考え方から具体的な作成ステップ、そして実践におけるヒントまでを解説します。

エンパシーマップとは何か

エンパシーマップは、特定のユーザー(顧客、関係者など)の視点に立って、彼らが「見ているもの」「聞いていること」「考えていること」「感じていること」「言っていること」「やっていること」を構造的に整理し、視覚化するためのフレームワークです。これにより、ユーザーの表面的な行動だけでなく、その内面にある感情や思考、隠れたニーズや課題を深く理解することを目指します。

このマップは通常、大きな紙やホワイトボードに描かれ、中心にユーザー像(ペルソナ)を置き、その周囲に以下の主要な6つのセクションを設けて情報を書き込んでいきます。

  1. Says(発言): ユーザーが実際に口にしたり、文章にしたりしたこと。インタビューでの発言、ソーシャルメディアの投稿、製品レビューなどが含まれます。「この製品は使いにくい」「もっと手頃な価格なら良いのに」といった具体的な言葉を記述します。
  2. Thinks(思考): ユーザーが心の中で考えていること、懸念や願望など。これは必ずしも発言と一致しない場合があります。例えば、「このプロセスは無駄が多いな」「もっと効率的な方法があるはずだ」といった内面的な考えを推測して記述します。
  3. Does(行動): ユーザーが実際に行った行動や振る舞い。製品の使用方法、サービスの利用頻度、特定の作業手順などが含まれます。「説明書を読まずに操作しようとした」「競合他社の製品も試している」といった観察可能な行動を記述します。
  4. Feels(感情): ユーザーが感じている感情や気分。喜び、不満、不安、期待など。行動や思考の背景にある感情的な側面を捉えます。「この機能は期待通りで嬉しい」「問題が発生してイライラしている」といった感情的な状態を記述します。
  5. Pains(ペイン/苦痛): ユーザーが直面している課題、悩み、恐れ、不満、乗り越えたい障害など。これはユーザーの「苦痛」の源泉となります。「時間通りに作業が終わらない」「情報の共有がうまくいかない」「失敗を恐れている」といったネガティブな要素を記述します。
  6. Gains(ゲイン/利益): ユーザーが達成したいこと、得たい利益、成功の定義、願望など。これはユーザーの「喜び」や「達成」の源泉となります。「作業時間を短縮したい」「チームとの連携を強化したい」「評価されたい」といったポジティブな願望を記述します。

これらの要素を多角的に分析することで、ユーザー像がより鮮明になり、隠れたニーズや満たされていない願望が浮き彫りになります。

なぜエンパシーマップが重要なのか

エンパシーマップの作成は、デザイン思考において以下の重要なメリットをもたらします。

特に製造業においては、最終製品の利用者はもちろんのこと、社内の製造プロセスに関わる作業者、部品供給業者、販売チャネル、アフターサービス担当者など、様々な「ユーザー」が存在します。それぞれの立場におけるエンパシーマップを作成することで、部署間の連携課題や業務効率化のボトルネック、さらには新たなサービス開発の機会など、多様な視点から課題を発見し、解決策を検討することが可能になります。

エンパシーマップの具体的な作成ステップ

チームでエンパシーマップを作成する際の一般的なステップを以下に示します。

  1. 対象ユーザー(ペルソナ)の設定:

    • どのようなユーザーに焦点を当てるかを明確に定義します。理想的には、事前に作成したペルソナを設定します。複数のペルソナがいる場合は、それぞれのペルソナについてエンパシーマップを作成します。
    • ペルソナの基本的な属性(年齢、役職、担当業務、使用環境など)を簡単に共有します。
  2. 情報収集:

    • 対象ユーザーに関する情報を集めます。これには、既存の顧客データ、過去のアンケート結果、営業担当者のヒアリング記録、サポートセンターへの問い合わせ内容、ユーザーインタビューの記録、行動観察の結果、関連する市場調査レポートなどが含まれます。
    • 可能な限り、一次情報(ユーザー自身の声や観察結果)を重視します。
  3. マップへの書き込み(個人ワークとグループワーク):

    • 大きな模造紙やホワイトボードにエンパシーマップのテンプレートを描きます。中心にユーザー名を書き、Says, Thinks, Does, Feels, Pains, Gains の6つのセクションを設けます。
    • チームメンバーは、収集した情報や自身の知識・推測に基づいて、それぞれのセクションに付箋(ポストイット)を使って情報を書き込みます。付箋1枚につき1つの要素を具体的に記述します。
    • 最初は個人で黙々と書き込む時間を持つと、他者の意見に引きずられずに済みます。
    • 個人ワークの後、皆で書き込んだ付箋をマップに貼り付けていきます。似たような付箋をまとめたり、議論しながら適切なセクションに配置したりします。
  4. 情報の整理と議論:

    • マップに貼り付けられた情報をチーム全体で確認し、共有します。
    • 疑問点や不明瞭な点について議論し、理解を深めます。特に「Says」と「Thinks」の違い、「Does」の背景にある「Feels」などを掘り下げて考えます。
    • 複数の情報源から得られた示唆や、情報間の矛盾に注目します。
  5. インサイトの抽出:

    • マップに整理された情報全体を見渡し、ユーザーに関する重要な気づきやパターン、矛盾、潜在的なニーズなどを探します。
    • これらが「インサイト」の源泉となります。「なぜユーザーはこう言っているのに、実際は違う行動をとるのだろう?」「このペインの背景には、どのような満たされないニーズがあるのだろうか?」といった問いを立てながらインサイトを抽出します。
    • インサイトは、後の課題定義(POV)やアイデア発想の出発点となります。
  6. 活用:課題定義とアイデア発想への接続:

    • 抽出されたインサイトに基づき、解決すべき課題を「ユーザーは【インサイト】であるため、【解決したいこと】を求めている。なぜなら【その理由】だから」といった形式(POV: Point of View)で定義します。
    • または、「How Might We (HMW) - どうすれば〜できるか?」という問いの形で、インサイトから具体的な解決策を考えるための問いを立てます。
    • 定義された課題やHMWクエスチョンを元に、次のアイデア発想フェーズへと進みます。

実践上のヒントと注意点

エンパシーマップは、ユーザー理解を深めるための非常に強力で実践的なツールです。ぜひチームで実際に取り組んでみてください。表面的なニーズの裏に隠された本質的な動機や感情を捉えることで、あなたのプロジェクトはより人間中心で、革新的な解決策へとつながるでしょう。

このマップを作成することで得られた深い洞察は、次の課題定義フェーズやアイデア発想フェーズにおいて、羅針盤のような役割を果たします。さあ、エンパシーマップを活用して、ユーザーの本音とニーズを読み解き、新たな価値創造への第一歩を踏み出しましょう。