デザイン思考 共感から真の課題を定義 インサイトとPoV実践ガイド
デザイン思考 共感から真の課題を定義 インサイトとPoV実践ガイド
デザイン思考のプロセスは、ユーザーへの共感から始まります。顧客や現場の生の声、行動観察から得られる情報は、イノベーションの源泉です。しかし、集められた大量の断片的な情報をどのように整理し、そこから「本当に解決すべき課題」を見つけ出すのか、という点で立ち止まることも少なくありません。特に、日常業務に追われる中で、表面的な問題解決に終始してしまう傾向があるかもしれません。
この記事では、デザイン思考における「共感」フェーズで収集した情報を、次の「定義」フェーズにつなげるための具体的なステップと手法をご紹介します。情報の整理・分析から、深い洞察(インサイト)を引き出し、解決すべき真の課題(Point of View, PoV)として明確に定義するプロセスを実践的に解説します。
1. 共感フェーズで得られた情報の性質と整理の重要性
共感フェーズでは、ユーザーへのインタビュー、行動観察、アンケート、既存データの分析など、様々な方法で情報を収集します。ここで得られる情報は、ユーザーの発言、感情、行動、潜在的なニーズ、ペインポイント、置かれている状況など、非常に多岐にわたります。
これらの情報は、多くの場合、非構造的で断片的なものです。そのままでは全体像を把握したり、重要なパターンを発見したりすることが困難です。そのため、定義フェーズに進む前に、収集した情報を体系的に整理し、構造化することが不可欠です。情報の整理は、単にメモを並べるだけでなく、情報間の関連性やつながりを見出し、共通するテーマや傾向を浮き彫りにすることを目的とします。
2. 収集した情報の整理と構造化
情報整理にはいくつかの有効な手法があります。デザイン思考でよく用いられるのは、Affinity Diagram(親和図法)です。これは、収集した個々の情報(メモやポストイット)を、内容が似ているもの同士でグルーピングしていく手法です。
Affinity Diagram(親和図法)の進め方
- 情報の書き出し: インタビューや観察で得られた個々の発言、行動、気づきなどを、ポストイットなどの物理的またはデジタルなツールに1つずつ具体的に書き出します。「〇〇さんが△△と言った」「ユーザーがこの機能を使うとき、必ず首を傾げる」「この作業に時間がかかりすぎていると感じているようだ」のように、事実や具体的な観察を客観的に記述します。
- ランダム配置: 書き出したポストイットを壁やホワイトボードにランダムに貼り付けます。
- グルーピング: ポストイットを見ながら、内容が似ているもの、関連性が高いと思われるものをチームメンバーで話し合いながら近くに集めます。この段階では、論理的な分類よりも直感的な「親和性」を重視します。沈黙のグループ分けと、声出しながらのグループ分けを組み合わせるのが効果的です。
- グループのラベル付け: 各グループの内容を端的に表す見出し(ラベル)を付けます。このラベルは、グループに含まれる情報を抽象化し、そのグループが何を意味するのかを示すものです。例えば、「操作手順の複雑さ」「情報が見つけにくい」「待ち時間への不満」などです。
- 階層化・関連付け: 作成されたグループ全体を眺め、さらに大きなカテゴリにまとめたり、グループ間の関連性やつながりを線で結んだりします。これにより、情報の全体構造や、異なる課題やニーズがどのように関連しているのかが見えてきます。
Affinity Diagramは、大量の定性情報を視覚的に整理し、チームで共有された理解を深めるのに役立ちます。ここで重要なのは、個々の「点」のような情報から、共通の「線」や「面」となるパターンや傾向を見出すことです。
3. 整理された情報からインサイトを発見する
情報が整理され、構造化されたら、次はそこから深い洞察(インサイト)を引き出すフェーズです。インサイトとは、単なる事実や表面的なニーズではなく、ユーザーの行動や感情の裏にある、隠された真実や動機のことです。なぜユーザーはそのように振る舞うのか、本当は何を求めているのか、といった問いに対する答えを探求します。
インサイト発見は、論理的な分析だけでなく、直感や推論も伴う創造的なプロセスです。整理されたAffinity Diagramを見ながら、以下の点を意識して議論を進めます。
- パターンと傾向: 繰り返し現れるテーマや行動、感情のパターンは何でしょうか。
- 矛盾とギャップ: ユーザーの発言と行動の間に矛盾はありませんか? ユーザーが「〜が必要だ」と言う一方で、実際には別の行動をとっているのはなぜでしょうか? 既存の製品やサービスが提供している価値と、ユーザーが本当に求めていることの間にはどんなギャップがありますか?
- 意外な気づき: 予想していなかった情報や、チームにとって新鮮な発見は何でしょうか?
- 「なぜ」の深掘り: ある事実やパターンに対して、「なぜそうなるのだろうか?」と繰り返し問いかけ、根本的な原因や動機を探ります。例えば、「待ち時間への不満」というグループがあれば、「なぜ待ち時間が不満なのか?」「その不満はどのような状況で起こるのか?」「不満の根源には何があるのか?」と深掘りします。
インサイトは、「〜という事実がある。そして、その背景には〜という理由がある。これはユーザーの〜という真のニーズを示唆している。」といった形で表現されることが多いです。これは、単なる「待ち時間が多い」という事実から、「ユーザーは単に時間を短縮したいのではなく、待っている間の不安や、その後の作業への影響を懸念している」といった、より深い理解に至るプロセスです。
良いインサイトは、チームに「なるほど!」という納得感を与え、課題解決の方向性を明確に示す羅針盤となります。
4. インサイトを基にPoint of View (PoV) を定義する
インサイトが見つかったら、それを基に解決すべき真の課題をPoint of View (PoV) として明確に定義します。PoVは、「誰が(ユーザー)」、「どのようなニーズを持っており」、「それはなぜか(インサイト)」という3つの要素を組み合わせた短いステートメントです。
PoVの一般的なテンプレートは以下の通りです。
[ユーザー] は [ニーズ] 必要があります。なぜなら [インサイト] だからです。 [A User] needs to [User's Need] because [Insight].
このテンプレートに沿って、発見したインサイトを具体的な課題定義に落とし込みます。
PoV作成の具体例
例えば、製造ラインの現場作業員への共感活動を通じて、以下のような情報が得られ、インサイトが見つかったとします。
- 共感情報(例):
- 特定の装置の操作マニュアルが古く、どこに最新情報があるか分からない。
- トラブル発生時、ベテラン作業員でないと対処法が分からないことが多い。
- 新人作業員はマニュアルを探すのに時間がかかり、作業が滞る。
- マニュアルは紙ベースで、現場で参照しにくい。
- 装置のモデルチェンジが多いが、マニュアル更新が追いつかない。
- 情報整理 → インサイト(例):
- 現場作業員は、トラブル発生時や unfamiliar な作業時に迅速で正確な情報にアクセスしたいという強いニーズがある。
- 既存のマニュアルシステム(紙、分散したデジタルデータ)は、必要な情報に quickly かつ easily アクセスすることを妨げている。
- 情報の不足やアクセス性の悪さが、作業の遅延、ミスの発生、新人教育の非効率性、ベテラン作業員への負担増につながっている。
- インサイト: 現場作業員は、変化の速い現場環境で、自己完結的に問題を解決するために、リアルタイムで更新され、かつアクセスしやすい「生きた情報」を必要としている。マニュアルは単なる手順書ではなく、信頼できる「問題解決のパートナー」として機能することを求めている。
このインサイトを基に、PoVを定義します。
- PoV(例):
- 現場作業員 は 必要な装置情報に迅速かつ容易にアクセスできる 必要があります。なぜなら 変化の速い現場環境で、自己完結的に問題を解決するために、リアルタイムで更新され、かつアクセスしやすい「生きた情報」を求めている からです。
このPoVは、「現場作業員」という特定のユーザーに焦点を当て、「必要な装置情報への迅速なアクセス」という具体的なニーズを明確にし、そのニーズの背景にある深い動機(インサイト)を示しています。
良いPoVの特徴
- ユーザー中心: 特定のユーザーグループの視点に立っている。
- ニーズに焦点: 表面的な解決策ではなく、ユーザーの根本的なニーズを捉えている。
- インサイトに根差している: なぜそのニーズがあるのか、背景にある深い理由(インサイト)が明確である。
- 具体的かつ焦点を絞っている: 漠然とした課題ではなく、解決すべき領域が特定されている。
- チームを触発する: これから取り組むべき方向性を示唆し、アイデア発想を促進する。
PoVが定義できたら、チームで共有し、そのPoVが本当に共感フェーズで得られた情報を的確に捉えているかを確認します。このPoVが、次のアイデア発想(Ideate)フェーズの出発点となります。
5. 共感から定義へのプロセスを成功させるために
- チームでの協業: 情報の整理、インサイトの発見、PoVの定義は、一人で行うのではなく、共感活動に参加したチームメンバー全員で行うことが重要です。多様な視点が、より豊かで正確な理解につながります。
- 物理的なツール活用: ポストイットや大きな模造紙、ホワイトボードなどを使った作業は、情報の可視化とチームでの共同作業を促進します。リモート環境であれば、MiroやFigJamのようなオンラインホワイトボードツールが有効です。
- バイアスの排除: 収集した情報やインサイト、PoVに対して、自分たちの思い込みや既存の知識によるバイアスがかかっていないか、常に意識的に問い直す姿勢が必要です。
- 繰り返しと洗練: 一度で完璧なインサイトやPoVが見つかるとは限りません。必要に応じて情報を再整理したり、議論を深めたり、PoVを修正したりすることを厭わないでください。
まとめ
デザイン思考における共感から定義への移行は、収集した生の情報に命を吹き込み、真に解決すべき課題を明確にするための重要なステップです。情報の整理と構造化、そしてそこからの深いインサイトの抽出、最後にユーザー中心のPoVとして課題を定義する一連のプロセスは、表面的な問題にとどまらない、革新的な解決策を生み出すための基盤となります。
今回ご紹介したAffinity DiagramやPoVテンプレートは、そのための強力なツールです。ぜひこれらの手法を、皆さんのチームやプロジェクトに取り入れ、ユーザーの心に響く真の課題設定に挑戦してみてください。共感で得たユーザーの声が、あなたの発想を大きく飛躍させる原動力となるはずです。