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デザイン思考 アイデアの掛け合わせと発展を促す具体的手法

Tags: デザイン思考, アイデア発想, アイデア開発, イノベーション, 製造業

はじめに

デザイン思考におけるアイデア発想フェーズは、数多くの創造的なアイデアを生み出す重要なステップです。しかし、発想されたアイデアが単発で終わってしまったり、具体的な形にするまでに至らなかったりするケースも少なくありません。特に、既存の技術やリソースを多く持つ製造業においては、個々のアイデアをいかに組み合わせ、発展させ、新たな価値として具体化していくかが重要となります。

本記事では、デザイン思考プロセスの中で、アイデア発想で生まれたアイデアをさらに質高く、実現可能なものへと「掛け合わせ」「発展」させるための具体的な手法をご紹介します。これにより、アイデアを単なる思いつきで終わらせず、組織の資産として活かす道筋が見えてくるでしょう。

なぜアイデアの「掛け合わせ・発展」が必要か

アイデア発想は、しばしば拡散的なプロセスです。多様な視点から多くのアイデアを生み出すことに重点を置きます。しかし、その後のステップでは、生まれたアイデアを収束させ、最も有望なものを選び、具体化していく必要があります。この際、単にアイデアを選び取るだけでなく、複数のアイデアの要素を組み合わせたり、一つのアイデアを様々な角度から深掘りしたりすることで、より独創的で実行可能なアイデアへと進化させることが可能になります。

特に複雑な課題や、既存の製品・サービスに新たな付加価値を加えたい場合、既存の要素や異なる分野の知見を組み合わせる「掛け合わせ」のアプローチが有効です。また、シンプルなアイデアから出発し、様々な側面を検討することで、より具体的な製品・サービスへと発展させる「発展」のアプローチも重要です。

アイデアの掛け合わせを促す手法

1. アイデア要素分解・再結合マトリクス

この手法は、アイデアを構成する要素に分解し、それらを別のアイデアの要素と組み合わせることで、新たな組み合わせを生み出すものです。

実践ステップ:

  1. アイデアの分解: 既存のアイデアやコンセプトを、その機能、ターゲット、技術、材料、使用シーンなどの要素に分解します。例えば、「スマートフォンを内蔵したスマートヘルメット」というアイデアであれば、「ヘルメット」「スマートフォン」「内蔵」「安全機能」「通信機能」「作業現場での利用」といった要素に分解できます。
  2. 要素のリストアップ: 分解した要素をカテゴリごとにリストアップします。複数のアイデアがある場合は、それぞれのアイデアから要素をリストアップし、共通する要素や異なる要素を整理します。
  3. マトリクスの作成: 2つ以上の要素カテゴリを軸としたマトリクスを作成します。例えば、「製品機能」と「ターゲットユーザー」、「技術」と「使用シーン」などです。
  4. 組み合わせの検討: マトリクスの各マスを見て、軸となる要素の組み合わせからどのような新しいアイデアが生まれるかを検討します。分解したアイデアリストから要素を選び、意図的に組み合わせてみることも有効です。
  5. アイデアの記述: 生まれた新しい組み合わせアイデアを簡潔に記述します。

製造業での応用例: 複数の既存製品の機能を組み合わせて新たな複合機を考案する、特定の製造プロセスで培った技術を別の製品ラインやサービスに転用する、などが考えられます。例えば、「溶接技術」と「精密組立技術」を組み合わせた「超精密溶接ロボットのメンテナンスサービス」といったアイデアが生まれるかもしれません。

2. ブレンドカード法

異なるアイデアやコンセプトを記したカード(または付箋)をランダムに組み合わせることで、予期せぬ発想を促す手法です。

実践ステップ:

  1. アイデアカード作成: 発想フェーズで生まれた個々のアイデアや、関連するコンセプト、技術、ターゲットユーザー、課題などをそれぞれカードや付箋に一つずつ記述します。
  2. ランダムな組み合わせ: 作成したカードをランダムに2枚または3枚選び出します。
  3. 組み合わせから発想: 選ばれたカードの内容を「どのように組み合わせたら面白いか」「どのような新しい価値が生まれるか」を考え、新しいアイデアを発想します。一見無関係に見える組み合わせからこそ、斬新なアイデアが生まれることがあります。
  4. アイデアの記述: 生まれたアイデアをカードに記述します。

製造業での応用例: 「生産ラインの自動化」カードと「熟練技術者のノウハウ伝承」カードを組み合わせて、「AIによる熟練技術者の動作解析とロボットへの自動学習システム」といったアイデアを検討する。あるいは、「製品の遠隔診断」と「サブスクリプションモデル」を組み合わせて、「予防保全型リモート診断サービス」を考える、といった活用が考えられます。

アイデアの発展を促す手法

1. SCAMPERの応用

SCAMPERはアイデア発想のためのフレームワークとして知られていますが、既存のアイデアを「発展」させる際にも非常に有効です。既存のアイデアに対して、Substitute(置き換える)、Combine(組み合わせる)、Adapt(適応させる)、Modify(修正・拡大・縮小する)、Put to another use(別の使い道)、Eliminate(取り除く)、Reverse/Rearrange(逆にする・並べ替える)の7つの視点から問いかけを行います。

実践ステップ:

  1. 発展させたいアイデアを選ぶ: 発展させたい核となるアイデアを選びます。
  2. SCAMPERの問いを投げかける: 選んだアイデアに対して、SCAMPERの各視点から具体的な問いを投げかけます。
    • Substitute(置き換える):何を置き換えられるか?材料、プロセス、エネルギー源は?
    • Combine(組み合わせる):他のアイデアと組み合わせたらどうなるか?機能や部品を結合できるか?
    • Adapt(適応させる):他に似たものはないか?他の状況に適用できるか?
    • Modify(修正・拡大・縮小する):大きく/小さくしたら?形状、色、動きを変えたら?
    • Put to another use(別の使い道):他に応用できないか?他のターゲットに使えないか?
    • Eliminate(取り除く):何を取り除けるか?機能を減らしたら?シンプルにしたら?
    • Reverse/Rearrange(逆にする・並べ替える):逆転させたら?手順を入れ替えたら?
  3. 新しいアイデアを発想・記述: 各問いへの答えやそこから連想されることを基に、アイデアの具体的な発展形を検討し、記述します。

製造業での応用例: 既存の産業用ロボットのアイデアに対してSCAMPERを適用する。 * Substitute: 動力源を電気から圧縮空気や油圧に置き換えることはできないか?(->特定の環境向けロボット) * Combine: センサー技術やAIを組み合わせて、より自律的な判断をさせることはできないか?(->協働ロボット、学習機能付きロボット) * Adapt: 食品工場や医療現場など、これまでとは異なる清潔さや精度の求められる環境に適用できないか?(->サニタリー仕様ロボット) * Modify: より小型化して狭いスペースで使えるようにできないか?または大型化して重いものを扱えるようにできないか?(->小型多関節ロボット、大型ガントリーロボット) * Put to another use: 製品の組立だけでなく、検査やメンテナンス作業にも使えないか?(->多機能検査ロボット) * Eliminate: ティーチングペンダントをなくして、ジェスチャーや音声で操作できるようにできないか?(->直感的操作ロボット) * Reverse/Rearrange: ロボットが固定ではなく、製品の方がロボットの間を移動するようにできないか?(->セル生産方式の進化)

2. 機能・属性リスト法

アイデアをその機能や属性に分解し、それぞれの要素に対して改善や変更を加えていくことでアイデアを発展させる手法です。

実践ステップ:

  1. アイデアの特定: 発展させたいアイデアや製品、サービスを特定します。
  2. 機能・属性のリストアップ: 特定したアイデアの主要な機能や物理的な属性(形状、材質、色、サイズなど)、顧客にとってのメリットなどを可能な限り詳細にリストアップします。
  3. 要素ごとの検討: リストアップした各機能や属性について、「どのように改善できるか」「別のものに置き換えることはできないか」「より良くする方法は何か」といった問いを投げかけながら検討します。
  4. 新しいアイデアの生成: 各要素の検討から生まれた新しいアイデアや改善案を記述します。

製造業での応用例: 例えば、既存の切削工具のアイデアを発展させる場合、「材質」「刃の形状」「コーティング」「振動抑制機能」「工具寿命」「交換頻度」「価格」といった機能・属性をリストアップします。それぞれの要素に対して、「より硬度の高い新素材を使えないか」「特定の加工に適した特殊な刃形状は考えられないか」「摩耗を劇的に減らす新しいコーティング技術はないか」「工具寿命をセンサーで検知し、交換タイミングを最適化する機能を追加できないか」などを検討し、次世代の切削工具のアイデアを発展させます。

アイデアの掛け合わせ・発展を促進するワークショップの進め方

これらの手法をチームで実践する際には、以下のようなワークショップ形式で進めることが効果的です。

  1. 目的の共有: 今回のワークショップで、どのようなアイデアを、どのように発展させたいのか、具体的な目的を明確にします。
  2. インプット: 発想フェーズで生まれたアイデア群、顧客からのフィードバック、技術的な制約や可能性、市場動向などの関連情報をチーム全体で共有します。
  3. 手法の選択と実行: 本記事で紹介した「要素分解・再結合マトリクス」「ブレンドカード法」「SCAMPER」「機能・属性リスト法」の中から、目的に最も適した手法を選択し、実際にアイデアの掛け合わせ・発展の活動を行います。
  4. アイデアの整理と記述: 生まれた新しいアイデアを、付箋やカードに分かりやすく記述し、共有スペースに貼り出します。元のアイデアとの関連性を示すことも有効です。
  5. アイデアの共有と評価: 生まれたアイデアをチーム全体で共有し、簡単な説明を行います。実現性、魅力度、新規性などの観点から、初期的な評価を行います。
  6. 次のステップの計画: どのアイデアをさらに深掘りするか、プロトタイピングに進むかなど、次のアクションを計画します。

ワークショップでは、参加者が自由に発言でき、多様な視点が歓迎される心理的安全性の高い雰囲気作りが重要です。また、視覚的なツール(ホワイトボード、付箋、図など)を活用することで、アイデアの構造や関連性が分かりやすくなり、議論が活性化されます。

まとめ

デザイン思考におけるアイデアの「掛け合わせ」と「発展」は、単に量を生み出すだけでなく、アイデアの質を高め、課題に対するより洗練された、そして実行可能な解決策を生み出すために不可欠なプロセスです。本記事でご紹介した「アイデア要素分解・再結合マトリクス」「ブレンドカード法」「SCAMPERの応用」「機能・属性リスト法」といった具体的な手法は、個々のアイデアを新たな価値へと進化させる強力なツールとなります。

これらの手法をワークショップ形式でチームに取り入れることで、組織内の知識や経験が有機的に結びつき、個々のアイデアが予測不可能な形で化学反応を起こし、より大きな可能性を秘めたイノベーションへと繋がる可能性があります。発想されたアイデア群を資産として捉え、積極的に掛け合わせ、発展させていくプロセスを通じて、貴社のプロジェクトや業務に新たなブレークスルーが生まれることを願っております。