デザイン思考 アイデア選択フェーズを成功させる 具体的な方法
デザイン思考のプロセスを経て、チームで多くのアイデアを発想できたとします。しかし、そこからどのアイデアを具体化し、次のステップに進めるべきか。この「アイデア選択フェーズ」は、プロジェクトの成否を左右する重要な段階です。多数のアイデアを前に、どう絞り込み、どうチームの合意形成を図るかという課題に直面するプロジェクトマネージャーの方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、デザイン思考におけるアイデア選択フェーズの重要性とその位置づけを説明し、実践で役立つ具体的な手法をいくつかご紹介します。これらの手法を活用することで、客観的かつ効果的に最良のアイデアを選び出すことができるでしょう。
アイデア選択フェーズの重要性と位置づけ
デザイン思考の一般的なプロセスにおいて、アイデア選択は「発想(Ideation)」フェーズの後に位置します。多くのアイデアを量産する発想フェーズの目的は、できるだけ多様で斬新な選択肢を生み出すことです。一方、アイデア選択フェーズの目的は、それらの中から最も有望で、解決すべき課題(定義フェーズで明らかにしたPov: Point of Viewなど)に対して最も効果的であると判断されるアイデアを選び出し、次の「プロトタイピング(Prototyping)」フェーズに進めることです。
この段階を適切に行わないと、以下のような問題が発生する可能性があります。
- リソースの浪費: 実現性の低いアイデアや、本質的な課題解決につながらないアイデアに時間やコストをかけてしまう。
- チームの迷走: どのアイデアを進めるべきか決定できず、プロジェクトが停滞する。
- 実行段階での問題: 選んだアイデアが、実はユーザーニーズを満たしていなかったり、技術的・コスト的に困難だったりする。
アイデア選択は、単に多数決で決めるのではなく、特定の基準に基づき、チームで共通理解を持って行うことが重要です。
実践で役立つ具体的なアイデア選択手法
ここでは、チームでのワークショップなどで活用できる、代表的なアイデア選択の手法をいくつかご紹介します。
1. ドット投票(Dot Voting / Dotmocracy)
最もシンプルで手軽な方法の一つです。参加者に持ち点(ドットシールやペンでの印など)を与え、最も良いと思うアイデアに投票してもらいます。
- メリット:
- 非常に手軽で、短時間で実施できます。
- 視覚的に人気のあるアイデアや注目されているアイデアがすぐに分かります。
- 参加者全員が簡単に意思表示できます。
- デメリット:
- 投票理由が不明確になりやすく、人気の高いアイデアに投票が集中しがちです。
- 戦略的な投票(特定のアイデアを落とすためなど)が行われる可能性もあります。
- アイデアの質や実現性よりも、発表の仕方や見た目に影響されることがあります。
- 具体的な進め方:
- すべてのアイデアを一覧できる形で壁などに貼り出します。
- 各アイデアについて、簡潔に内容を共有します。
- 各参加者に同じ数の持ち点(例: 5〜10個のドットシール)を配ります。
- 参加者は、自分が良いと思うアイデアに持ち点の範囲内で自由に投票します。複数のアイデアに分散させても、一つのアイデアに集中させても構いません。
- 投票時間終了後、各アイデアの獲得票数を集計し、上位のアイデアを選びます。
- 活用上の注意点:
- 投票前に、アイデアの内容について十分な説明と質疑応答の時間を設けると、より質の高い投票が期待できます。
- なぜそのアイデアに投票したのか、理由を簡単に共有する時間を設けることも有効です。
2. N/3法(N/3 Method)
アイデアの数を段階的に絞り込んでいく方法です。アイデアの総数をNとしたとき、各参加者が約N/3個のアイデアを選択し、次のラウンドに進めるというプロセスを繰り返します。
- メリット:
- 大量のアイデアを効率的に絞り込めます。
- 段階的に絞り込むことで、初期段階では埋もれがちなアイデアにも目を向ける機会が生まれます。
- デメリット:
- 参加者が初期段階でアイデアの真価を見抜く力が必要です。
- 適切な絞り込み数を設定しないと、残るアイデアが少なすぎたり多すぎたりします。
- 具体的な進め方:
- すべてのアイデアを一覧にします(総数N)。
- 各参加者は、自分が良いと思うアイデアを約N/3個選びます。
- 参加者全員が選んだアイデアの中から、重複しているものや、一定数以上の票を集めたアイデアを次のラウンドに残します。
- 残ったアイデアについて、必要に応じて内容を再確認し、さらに絞り込みが必要であれば同じプロセスを繰り返します(例: 残ったアイデア総数をN'とし、N'/3個選ぶ)。
- 最終的に、次のステップに進める数のアイデアが残るまで絞り込みます。
- 活用上の注意点:
- N/3はあくまで目安です。アイデアの総数やチームの状況に応じて、柔軟に数を調整してください。
- なぜそのアイデアを選んだのか、理由を簡潔に共有する時間を設けると、チームの理解が深まります。
3. 評価マトリクス(Evaluation Matrix)
事前に設定した複数の評価基準に基づき、各アイデアをスコアリングして比較検討する方法です。客観的な視点を取り入れやすい手法です。
- メリット:
- 評価基準を明確にすることで、客観的かつ論理的にアイデアを比較できます。
- チームメンバー間で、アイデアの評価軸に関する共通認識を持つことができます。
- 意思決定の根拠が明確になります。
- デメリット:
- 適切な評価基準を設定するのに時間がかかることがあります。
- 基準が多すぎたり複雑すぎたりすると、評価作業自体が負担になります。
- 基準によっては定量化が難しい場合もあります。
- 具体的な進め方:
- チームで、アイデアを評価するための基準を複数(例: 3〜5個)設定し、合意します(例: ユーザーインパクト、実現可能性、コスト、新規性、市場性など)。
- 必要に応じて、各基準の重要度に応じた重み付けを行います。
- 縦軸に評価基準、横軸にアイデア名を記載したマトリクス表を作成します。
- 各基準について、アイデアごとに点数(例: 1〜5点)をつけていきます。
- 各アイデアの合計点(重み付けをした場合は重み付け後の合計点)を算出し、比較します。
- 合計点が高いアイデアを、次のステップに進める候補とします。
- 活用上の注意点:
- 評価基準は、解決すべき課題やプロジェクトの目的に照らして、チームで議論し、共通認識を持って設定することが最も重要です。
- 評価基準ごとに、どのような状態であれば高得点・低得点とするかの目安を定めておくと、評価のばらつきを抑えられます。
その他の手法
- ハイライトノード法 (Highlighting Nodes): アフィニティダイアグラムなどでアイデアをグループ化した後、各グループの中で特に重要だと感じたアイデアやテーマに印をつける方法です。全体像を捉えつつ、注力すべきポイントを抽出するのに役立ちます。
- 実現可能性・インパクトマトリクス: アイデアを「実現可能性(簡単 vs 難しい)」と「ユーザーへのインパクト(低い vs 高い)」の2軸でプロットする方法です。右上の「簡単かつインパクトが高い」アイデアは優先度が高くなります。
チームでのアイデア選択ワークショップを進めるためのヒント
これらの手法を効果的に活用するためには、ワークショップの進め方も重要です。
- 目的とプロセスを明確にする: なぜアイデア選択を行うのか、どのような手法で、どのように最終決定に至るのか(あるいは次の候補を選ぶのか)を事前にチームに共有します。
- アイデアの内容を十分に理解する: 各アイデアについて、提案者が簡潔に説明する時間を設けます。質疑応答を通じて、チーム全員がアイデアの内容を正しく理解している状態を目指します。
- 評価基準を確認・合意する(評価マトリクスの場合): 評価マトリクスを用いる場合は、評価基準とその定義、必要であれば重み付けについて、全員が納得するまで議論します。
- 中立的なファシリテーション: ワークショップの進行役は、特定のアイデアに肩入れせず、全員が安心して意見を述べられる場を作ることが大切です。時間管理や議論の収束もファシリテーターの重要な役割です。
- 議論の質を高める: 点数や投票結果だけでなく、なぜそのように評価したのか、良い点や懸念点は何かといった議論を促します。特に、期待される効果や実現に伴うリスクについて深掘りすると、より洗練されたアイデア選択につながります。
- 選ばれなかったアイデアの扱い: 今回は選ばれなかったアイデアも、今後のプロジェクトで再検討したり、別の課題解決に活用したりできる可能性があります。アイデアとその簡単な評価理由などを記録しておくと良いでしょう。
- 次のステップへの接続: 選ばれたアイデアをどう具体化していくのか、次のプロトタイピングや検証の計画を共有し、チームのモチベーションを維持します。
実践例:製造業におけるプロセス改善アイデアの選択
ある製造工場で、生産効率向上とコスト削減を目指したプロセス改善のアイデア出しワークショップを実施しました。チームからは、設備のIoT化、AIによる需要予測の導入、作業手順の見直し、サプライチェーン最適化、エネルギー効率化など、多岐にわたるアイデアが発想されました。
これらのアイデアを絞り込むために、チームは評価マトリクスとドット投票を組み合わせることにしました。評価基準として「想定されるコスト削減効果」「導入の実現可能性(技術的・費用的・組織的)」「導入までの期間」「従業員の受容度」を設定しました。
まず、各アイデアについて提案者が説明した後、チームメンバー全員で評価マトリクスを用いて各基準に基づきスコアリングを行いました。マトリクスの結果、コスト削減効果が高く、技術的実現可能性も比較的高いと評価されたアイデアがいくつか浮かび上がりました。
次に、マトリクスで上位となったアイデアの中から、各メンバーが最も推進したいと思うアイデアにドット投票を行いました。これにより、データ分析に基づいた「特定の工程における作業手順の見直し」と「小規模なエネルギー効率化改善」という2つのアイデアが、チームの関心と実現可能性の両面から最も有望であると判断されました。
この後、選ばれた2つのアイデアについて、さらに具体的なステップを検討し、プロトタイプとしての小規模な導入や検証計画を立てる運びとなりました。このように、複数の手法を組み合わせることで、多様な視点からアイデアを評価し、チームの合意形成を促すことができます。
まとめ
デザイン思考のアイデア選択フェーズは、発想された可能性を現実のプロジェクトへとつなぐための重要な橋渡し役を担います。多数のアイデアの中から最も有望なものを選び出す作業は容易ではありませんが、今回ご紹介したドット投票、N/3法、評価マトリクスといった具体的な手法を活用することで、チームはより効率的かつ効果的に意思決定を進めることが可能です。
これらの手法は、単体で使用するだけでなく、チームの状況やアイデアの特性に合わせて組み合わせることで、さらに力を発揮します。重要なのは、評価基準を明確にし、すべてのチームメンバーがプロセスを理解し、納得感を持って参加できる場を作ることです。
ぜひ、この記事で紹介した内容を参考に、皆さまのプロジェクトにおけるアイデア選択のプロセスを設計・改善し、発想した素晴らしいアイデアを実行につなげていってください。