デザイン思考で多様な視点を統合する 共通理解形成の具体的手法
多様な視点を力に変えるデザイン思考の可能性
製造業における複雑なプロジェクト推進において、プロジェクトマネージャーの皆様は日々、多様なバックグラウンドを持つ関係者間の意見調整や、部署を横断した連携強化といった課題に直面されていることと存じます。製品開発、プロセス改善、組織改革など、いかなる取り組みにおいても、関係者間の視点や優先順位の違いは、時にプロジェクトの遅延や品質低下のリスクとなり得ます。
このような状況で、デザイン思考は単なるアイデア創出のツールに留まらず、多様な視点を建設的に取り込み、共通理解を醸成するための強力なフレームワークとして機能します。本稿では、デザイン思考のプロセスを通じて、どのように異なる視点を統合し、プロジェクトチームや関係者間の共通理解を深めていくのか、その具体的な手法と実践ステップをご紹介いたします。
デザイン思考が「視点の統合」にもたらす価値
デザイン思考は、「共感」から始まり、「定義」「アイデア」「プロトタイプ」「テスト」という5つのフェーズを循環的に進めるプロセスです。このプロセス全体が、多様な視点を収集し、構造化し、そして統合していく仕組みを含んでいます。
特に「共感」フェーズでは、ターゲットユーザーや顧客だけでなく、プロジェクトに関わるあらゆるステークホルダー(社内の他部署、サプライヤー、販売担当者など)の立場やニーズ、課題を深く理解することに重点を置きます。そして、「定義」フェーズで、収集した多様な情報を分析し、本質的な課題を明確にしていきます。この段階で、単一の視点ではなく、複数の異なる視点から課題を捉え直すことが重要となります。
デザイン思考は、これらの初期段階で意識的に多様な視点を取り込むことで、後続のアイデア発想やソリューション開発において、より網羅的で、関係者全体のニーズに応えうる解決策を生み出す土壌を作ります。
具体的な視点統合のための手法と実践ステップ
1. 共感フェーズ:多様な視点の収集と「見える化」
デザイン思考の最初のステップは、視点の収集です。
- ステークホルダーマップの作成: プロジェクトに関わる全ての主要なステークホルダーを特定し、彼らの関心、影響力、プロジェクトへの期待などを図式化します。これにより、誰の視点を収集すべきかが明確になります。
- 多様なステークホルダーへのインタビュー: ユーザー、顧客だけでなく、社内の製造部門、営業部門、保守部門、そしてサプライヤーなど、異なる立場の関係者に深く傾聴します。彼らの日常業務、課題、成功体験、そしてプロジェクトに対する懸念や期待について質問します。単なる意見だけでなく、彼らの感情や無意識の行動にも注意を払います。
- 行動観察とエスノグラフィ: 実際に彼らの働く現場や、製品が使用される環境を観察します。言葉にならない暗黙知や、環境に起因する課題を発見する手助けとなります。
収集した情報は、ポストイットやデジタルツールを使って「見える化」します。これにより、大量の情報の中から共通点や相違点、そして意外な洞察を発見しやすくなります。
2. 定義フェーズ:視点の分析と構造化、複数の「声」の保持
収集した多様な視点を分析し、共通の課題を定義する段階です。しかし、この段階で安易に一つの結論に飛びつかず、異なる視点を並列で保持することが重要です。
- アフィニティダイアグラム(KJ法): 収集した個々の情報(インタビューの発言、観察記録など)をグルーピングし、情報の構造や関係性を明らかにします。異なるグループ化の仕方から、多様な解釈や潜在的な課題が見えてきます。
- 複数のペルソナとジャーニーマップの作成: 典型的ユーザーのペルソナだけでなく、異なるタイプのユーザー、あるいは異なる立場のステークホルダー(例:製造現場の担当者、営業担当者)のペルソナを作成します。それぞれのペルソナが経験するジャーニーマップを作成することで、同じプロジェクトや製品に対しても、立場によって異なる体験や課題があることを明確に理解します。
- 複数のPoint Of View (POV) ステートメントの作成: 課題定義は、特定の視点に基づいた「〇〇は〜に苦しんでいる、なぜなら△△だから」といったPOVステートメントとして表現されることが一般的です。多様な視点を統合する際には、複数の異なるPOVステートメントを作成し、それらを並列で検討します。これにより、単一の課題定義に囚われず、多角的な問題意識を持つことができます。
3. アイデア発想フェーズ:多様な視点からのアイデア創出
多様なPOVを明確にすることで、アイデア発想もより多角的になります。
- 多様なチームメンバー: アイデア発想のワークショップには、可能な限り異なる部署、異なる役割、異なる経験を持つメンバーに参加を促します。
- 視点を変えるフレームワーク: SCAMPERなど、既存のアイデアや製品を異なる視点から見直すフレームワークを活用します。
- 「もし〜だったら」という問い: 「もしユーザーが全く技術に疎かったら?」「もし製造コストの制約が一切なかったら?」「もし顧客がこの製品を全く予期しない方法で使ったら?」など、極端な視点や異なる状況を仮定してアイデアを出し合います。
異なる視点からのアイデアを否定せず、受け止める「Yes, and...」の精神が重要です。
4. 統合と共通理解形成のためのワークショップ設計
これらの手法を効果的に活用し、参加者間の共通理解を深めるためには、意図的に設計されたワークショップが有効です。
- 目的とゴールの共有: ワークショップの冒頭で、なぜ多様な視点が必要なのか、どのような共通理解を目指すのかを明確に共有します。
- 心理的安全性の確保: 自由に意見や懸念を表明できる安全な場を作ります。アイスブレイクやグラウンドルール(例:他者の意見を否定しない、全ての発言を受け止める)の設定が有効です。
- 「見える化」と共有の徹底: 収集した情報、作成したペルソナやジャーニーマップ、POVなどを壁一面に貼り出すなどして、「全員が同じものを見ながら」議論できる環境を作ります。
- 「共通の問い」の設定: 複数のPOVから、「では、私たちはどのような共通の課題に取り組むべきか?」といった共通の問いを導き出します。
- 対話と傾聴: 一方的な発表ではなく、参加者同士が互いの視点を深く理解するための対話を促します。アクティブリスニングの技法(相手の話を注意深く聞き、理解した内容を確認する)が役立ちます。
- 合意形成のプロセス: 全員の意見を完全に一致させることは困難な場合もありますが、少なくとも「互いの視点を理解し、一定の方向性について合意する」ためのプロセス(例:ドット投票、意思決定マトリクスなど)を設けます。
5. プロトタイプとテストフェーズ:フィードバックを通じた理解の深化
アイデアを具体的なプロトタイプとして形にし、異なる視点を持つ関係者からフィードバックを得ることで、共通理解はさらに深まります。
- 多様な関係者からのフィードバック収集: プロトタイプの評価には、初期段階で視点を収集した多様なステークホルダーに参加してもらいます。
- フィードバックの構造化と共有: 収集したフィードバックを、どの視点からのものか、どのような課題を示唆しているのか分類・構造化し、チーム全体で共有します。
- 改善への反映: フィードバックを基にプロトタイプを改善する過程を通じて、異なる視点がどのように製品やプロセスに影響を与えるのかを具体的に学びます。
実践上のポイント
デザイン思考による視点統合と共通理解形成を成功させるためには、以下の点に留意してください。
- ファシリテーションの重要性: 多様な意見が建設的な対話につながるよう、中立的な立場で議論を促進するファシリテーターの役割が非常に重要です。
- 時間と根気: 多様な視点を収集し、深く理解し、統合するには時間が必要です。性急な結論を避け、対話と分析のプロセスを丁寧に踏む忍耐力が求められます。
- オープンマインド: 自分自身の既成概念や専門領域の視点に固執せず、他の視点を受け入れるオープンマインドな姿勢が参加者全員に求められます。
まとめ
デザイン思考は、単に斬新なアイデアを生み出すだけでなく、プロジェクトに関わる多様な人々の視点を丁寧に収集し、分析し、統合することで、深い共通理解を築くための強力なフレームワークです。製造業のプロジェクトマネージャーの皆様が直面する、部署間の壁やステークホルダー間の意見の相違といった課題に対して、デザイン思考のアプローチは、これらの「違い」を乗り越えるのではなく、「違い」をプロジェクト推進の力に変えるための具体的な手法を提供します。
本稿で紹介した手法を参考に、ぜひ皆様のプロジェクトにおいてデザイン思考を活用し、多様な視点を統合し、より強固な共通理解に基づいたイノベーションを実現してください。