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デザイン思考で課題の根本原因を見つける深掘り技法

Tags: デザイン思考, 課題定義, 根本原因分析, 問題解決, ワークショップ, 製造業

はじめに

新しいアイデア創出や既存プロセスの改善に取り組む際、目の前の課題にどう向き合うかは極めて重要です。特に製造業のプロジェクトマネージャーの皆様においては、品質問題、生産効率の低下、顧客からの複雑な要求など、多様な課題に日々直面されているかと存じます。これらの課題に対し、表面的な対処療法ではなく、その奥にある根本原因を見つけ出し解決することが、持続的な改善や革新的なアプローチへと繋がります。

デザイン思考は、ユーザー(顧客や関係者)への深い共感を出発点とし、複雑な問題の本質を見抜き、創造的な解決策を生み出すための強力なフレームワークです。デザイン思考のプロセスにおいて、課題を定義するフェーズは中心的な役割を担いますが、ここでいかに「正しい問題」を見つけ出すかがその後のアイデア発想の質を左右します。そして、「正しい問題」とは、しばしばその表面的な事象ではなく、隠れた根本原因に起因しています。

本記事では、デザイン思考の共感フェーズおよび定義フェーズで特に役立つ、課題の根本原因を見つけるための具体的な「深掘り技法」をご紹介いたします。これらの技法を実践することで、より本質的な課題設定が可能となり、真に価値あるソリューション開発へと繋がる発想力を高めることができるでしょう。

なぜデザイン思考に根本原因特定が必要か

デザイン思考は、単に問題を解決するだけでなく、ユーザーの未だ満たされていないニーズや、本人すら気づいていない潜在的な願望に応えることを目指します。そのためには、観察やインタビューを通じて得られた断片的な情報や、表面的な問題の裏に隠された「なぜ」を探求する姿勢が不可欠です。

例えば、「製品の返品率が高い」という課題があったとします。表面的な解決策として「製品の検査体制を強化する」ことが考えられます。しかし、デザイン思考ではここで立ち止まり、「なぜ返品率が高いのか?」という問いを深掘りします。

このように「なぜ」を繰り返し問うことで、課題の根っこにある真の原因、つまり根本原因にたどり着く可能性が高まります。根本原因が特定できれば、それに対する解決策は、表面的な問題に対する解決策よりも、はるかに効果的で持続性のあるものとなります。

デザイン思考の共感フェーズで得られたユーザーインサイトは、この根本原因特定の手がかりの宝庫です。ユーザーの行動、発言、感情、そして環境などを注意深く観察し、その裏にある「なぜそうなのか?」を深く探求することが、真の課題定義への第一歩となります。

課題の根本原因を見つけるための深掘り技法

ここでは、デザイン思考のプロセス、特に共感・定義フェーズで活用できる、課題の根本原因を見つけるための具体的な深掘り技法をいくつかご紹介します。

1. 5回の「なぜ」(5 Why Analysis)

「5回のなぜ」は、トヨタ生産方式から生まれた問題解決技法であり、デザイン思考の文脈でも非常に有効です。ある問題事象が発生した際に、「なぜそれが起きたのか?」と問いかけ、その答えに対してさらに「なぜ?」と問いかけ続けることを繰り返します。一般的に5回繰り返すと根本原因にたどり着くと言われていますが、回数自体にこだわる必要はありません。納得のいく根本原因が見つかるまで深掘りを続けることが重要です。

実践ステップ:

  1. 問題事象の明確化: 最初にどのような問題が起きているのかを具体的に記述します。
  2. 最初の「なぜ」: その問題事象がなぜ起きたのかを問いかけます。
  3. 次の「なぜ」: 1つ前の「なぜ」に対する答えが、さらに「なぜ」起きているのかを問いかけます。
  4. 繰り返す: このプロセスを、問題の根本原因と思われる箇所にたどり着くまで繰り返します。多くの場合、構造的な問題、プロセス上の欠陥、人間の行動パターンなど、より抽象的・構造的な理由が見えてきます。
  5. 根本原因の確認: 特定された原因が、最初の問題事象を本当に引き起こしている根本原因であるかを確認します。

例(製造現場での品質問題):

この例では、表面的な「部品の寸法誤差」という問題に対し、「標準化された引き継ぎプロセスの欠如」という組織的・構造的な根本原因が見えてきました。解決策は、単に加工機を調整するだけでなく、引き継ぎプロセスを改善することになります。

2. ラダーリング(Laddering)

ラダーリングは、ユーザーの特定の属性や行動から出発し、「なぜそれが重要なのか?」あるいは「それが何を意味するのか?」を問いかけることで、より高次の価値観や深いニーズへと掘り下げていく技法です。ユーザーが特定の製品やサービスを選ぶ理由、あるいは特定の行動をとる理由を、機能的属性 -> 機能的ベネフィット -> 感情的ベネフィット -> 価値観、という階層を登るように探求します。

実践ステップ:

  1. 観察またはインタビューの開始: ユーザーの特定の行動、製品の属性、または彼らが重要視する何かを特定します。
  2. 「なぜそれは重要ですか?」「それによって何が得られますか?」と問いかける: 特定したものが、ユーザーにとってどのような機能的な利点をもたらすのかを尋ねます。
  3. さらに「なぜそれは重要ですか?」「それによってどのような気持ちになりますか?」と問いかける: 機能的な利点から、それがユーザーにもたらす感情的な利点や感覚へと掘り下げます。
  4. 最終的に「なぜそれはあなたにとって大切なのですか?」と問いかける: 感情的な利点のさらに奥にある、ユーザーの根本的な価値観や人生哲学へと繋がる問いかけをします。
  5. 深掘りを続ける: ユーザーが表層的な答えに留まらず、より内省的な深い答えを引き出せるように、辛抱強く、共感的に問いかけを続けます。

例(自動車購入に関するユーザーインタビュー):

このラダーリングにより、「燃費が良い車が欲しい」という表面的なニーズの裏に、「家族を守り、安定した生活を送りたい」という深い価値観やニーズが隠されていることがわかります。このような深いインサイトは、単なる「低燃費」を訴求する以上の、ユーザーの心に響くメッセージや新たなサービス開発のヒントになります。

3. インサイトステートメントの「なぜ」を再定義する

デザイン思考の定義フェーズでは、共感フェーズで得られた情報を整理し、ユーザーの課題を明確なインサイトステートメント(例:「[ユーザー]は、[特定の状況]において、[特定のニーズ]を持っています。なぜなら、[予想外のインサイト]があるからです。」)として記述します。このインサイトステートメントの中の「なぜなら、[予想外のインサイト]があるからです。」の部分を、さらに深掘りすることが有効です。

実践ステップ:

  1. 既存のインサイトステートメントを確認: チームで作成したインサイトステートメントを共有します。
  2. 「なぜそうなのか?」と問いかける: インサイトステートメントの「なぜなら」以下に記述されているインサイトに対して、「なぜそのインサイトが生まれたのか?」「そのインサイトの背景には何があるのか?」と問いかけます。
  3. 共感マップやペルソナに戻る: 必要に応じて、共感マップやペルソナ、生のインタビュー記録などに立ち戻り、そのインサイトを裏付ける、あるいは新たな視点を提供する情報を探します。
  4. 複数の「なぜ」を検討: 一つのインサイトに対して、複数の異なる「なぜ」の可能性を考え、仮説を立てます。
  5. より深いインサイトとして再記述: 深掘りによって得られた新たな理解を反映させ、インサイトステートメントをより洗練された、根本原因に近い表現に修正します。

例:

このようにインサイトステートメントの「なぜ」を深掘りすることで、抵抗感の表面的な理由(一時的な混乱)だけでなく、その背景にあるより深い理由(過去の失敗経験に基づく根強い懸念)が明らかになります。これにより、システム導入という解決策を考える際に、単に使いやすさを追求するだけでなく、過去の失敗を教訓としたサポート体制の構築や、現場の懸念を払拭するコミュニケーション戦略の重要性が見えてきます。

チームで深掘り技法を実践する際のポイント

これらの深掘り技法は、一人で行うよりもチームで行う方が効果的です。多様な視点を持つチームメンバーが集まることで、一つの問題に対して様々な角度から「なぜ」を問いかけることが可能になります。

まとめ

デザイン思考における課題定義の質は、その後のすべてのプロセスに影響を与えます。表面的な問題に囚われず、その奥にある根本原因を見つけ出す能力は、より効果的で革新的な解決策を生み出す上で不可欠です。

本記事でご紹介した「5回のなぜ」分析、ラダーリング、インサイトステートメントの再定義といった深掘り技法は、皆様が日々の業務やプロジェクトにおいて、課題の本質を見抜くための強力なツールとなるでしょう。これらの技法をチームで実践することで、固定観念にとらわれない新たな視点が得られ、真に解決すべき課題が明確になります。

ぜひ、これらの技法をデザイン思考ワークショップや問題解決ミーティングに取り入れてみてください。最初は難しく感じるかもしれませんが、実践を重ねることで、課題の裏に隠された真実にたどり着く精度が高まり、皆様の発想力はさらに豊かなものとなるはずです。

デザイン思考は、まさに「なぜ」を問い続ける旅です。この深掘りの旅を通じて、皆様が新しい可能性の扉を開き、より良い未来を創造されることを願っております。