デザイン思考 プロセス実践時の壁を乗り越える 各フェーズの課題と解決策
デザイン思考は、複雑な課題に対する創造的な解決策を生み出すための強力なアプローチです。共感、定義、アイデア創出、プロトタイプ、テストという一連のプロセスを通じて、ユーザー中心の視点から革新を目指します。しかし、このプロセスを実際に導入し、運用していく中で、多くのチームが特定のフェーズで様々な壁に直面することがあります。
本記事では、デザイン思考の各フェーズで起こりうる典型的な課題を取り上げ、それらを乗り越えるための具体的な考え方やテクニックをご紹介します。
デザイン思考の各フェーズで直面しやすい課題
デザイン思考は線形のプロセスとして描かれることが多いですが、実際には各フェーズを行き来しながら進める反復的なアプローチです。そのため、特定のフェーズで立ち止まったり、次のフェーズへスムーズに進めなかったりといった状況が発生することがあります。
ここでは、多くのチームが経験する各フェーズにおける主な課題とその解決策について解説します。
フェーズ1:共感(Empathize)
課題:
- ユーザーの表面的な意見や要望は得られるが、真のニーズや隠れた感情、行動の背景が理解できない。
- 特定のユーザー層に偏り、多様な視点を取り込めない。
- ユーザーへのインタビューや観察の機会を十分に確保できない。
解決策:
- 観察を深化させる: ユーザーの発言だけでなく、その時の状況、行動、非言語的なサインを注意深く観察します。なぜそのような行動をとるのか、何に困っているのか、といった問いを常に持ちながら観察を行います。行動観察の具体的な方法については、関連の記事もご参照ください。
- インタビュー技法を工夫する: 事実や過去の経験について具体的に尋ねる「行動質問」や、「もし〇〇だったら、どうなりますか」といった仮説に基づく質問を取り入れ、ユーザー自身も気づいていない側面を引き出します。オープンクエスチョンを多用し、ユーザーが自由に話せる雰囲気を作ります。
- 複数の視点から情報を収集する: 一人のリサーチャーだけでなく、複数のチームメンバーでインタビューや観察を行い、それぞれの気づきを共有します。また、直接的なユーザーだけでなく、そのユーザーを取り巻く環境や関係者(インフルエンサー、提供者など)からも話を聞くことで、より多角的な理解を深めます。
- 共感ツールを活用する: エンパシーマップやジャーニーマップのようなツールを活用することで、収集した情報を整理し、ユーザーの思考、感情、行動、課題などを構造的に理解することが可能です。これらのツールの実践的な活用法についても、当サイトの関連記事で詳しく解説しています。
フェーズ2:定義(Define)
課題:
- 収集した情報が整理できず、本質的な課題が見えてこない。
- 多くの断片的な情報に埋もれ、インサイト(ユーザーの隠れた本音や動機)を発見できない。
- チーム内で「解決すべき課題」に対する認識が合わない。
- 設定した課題が広すぎたり、狭すぎたりして、その後のアイデア創出につながりにくい。
解決策:
- 情報の構造化と可視化: 収集したユーザーデータを付箋などに書き出し、共通点や関連性に基づいてグルーピングするアフィニティダイアグラムは、情報の整理と洞察の発見に非常に有効です。これにより、情報の全体像を把握し、パターンや傾向を見出しやすくなります。アフィニティダイアグラムの詳しい実践方法は、関連の記事をご参照ください。
- インサイトの探求: 観察やインタビューで得られた「事実」と、それに対するユーザーの「感情」や「なぜ?」を掘り下げることで、インサイトを発見します。例えば、「顧客は長時間並ぶことに不満を感じている」という事実に対して、「並ぶ時間が無駄に感じられ、他のことに時間を使いたい」という感情や、「並ぶこと自体が自分の価値を低く見られているように感じる」といった深層心理がインサイトとなり得ます。
- 課題の言語化(POV、HMW): ユーザー、ニーズ、インサイトを結びつけ、「〇〇(ユーザー)は、△△(ニーズ)を、なぜなら▢▢(インサイト)なので必要としている」という形式で課題を明確に定義するPOV(Point Of View)ステートメントは、チームの共通認識を醸成するのに役立ちます。さらに、「私たちはどうすれば、〇〇が△△できるようになるか?」というHMW(How Might We)クエスチョンに変換することで、後のアイデア創出フェーズへのスムーズな移行を促します。これらのツールの活用法も、関連の記事でご紹介しています。
フェーズ3:アイデア創出(Ideate)
課題:
- 既存の延長線上のアイデアしか出ない、発想がマンネリ化する。
- チームメンバーから多様なアイデアが出にくい、一部の人しか発言しない。
- アイデアの量が少なく、革新的なものが生まれない。
- 批判的な雰囲気になり、自由な発想が阻害される。
解決策:
- ブレインストーミングのルール徹底: 「批判しない」「自由に発想する」「量を重視する」「他人のアイデアに便乗する」というブレインストーミングの基本ルールを徹底し、心理的安全性を確保します。否定的な言葉遣いは避け、「いいね!」「面白そうだね!」といった肯定的なフィードバックを意識します。
- 発想を刺激するフレームワークの活用: SCAMPER(Substitute, Combine, Adapt, Modify, Put to another use, Eliminate, Reverse)のようなフレームワークは、既存のアイデアや製品・サービスを様々な角度から問い直し、新たな発想を生み出す助けになります。マンダラートなど、思考を拡散・構造化するツールも有効です。これらのフレームワーク実践については、当サイトの関連記事をご参照ください。
- 異分野からの強制連想: 全く異なる分野の概念や製品、自然現象などを持ち出し、定義した課題との関連性を強制的に見つけ出すことで、思いもよらないアイデアが生まれることがあります。
- 多様な視点を取り入れる: チームメンバーのバックグラウンドや専門性が偏っている場合は、外部の視点や専門家を一時的に招くことも検討します。物理的な環境を変えてみたり、リラックスできる雰囲気を作ったりすることも発想を活性化させます。
フェーズ4:プロトタイプ(Prototype)
課題:
- プロトタイプを作る目的が不明確になり、単なる試作品開発になってしまう。
- 時間をかけすぎてしまい、素早く検証できない。
- プロトタイプが複雑になりすぎ、ユーザーが理解しにくい。
- 失敗を恐れてプロトタイプを作れない、公開をためらう。
解決策:
- プロトタイプの学習目標を明確にする: そのプロトタイプは何を検証するためのものなのか、どのようなユーザーから、どのようなフィードバックを得たいのか、といった学習目標を具体的に設定します。これにより、プロトタイプの「作り込み具合」や検証方法が決まります。
- 「ラフ&クイック」を意識する: プロトタイプは完璧である必要はありません。低コストで、できるだけ素早く作成し、検証と改善を繰り返すことが重要です。紙とペン、段ボール、レゴブロック、簡単なワイヤーフレームツールなど、手軽に使えるものから始めます。
- ユーザー視点で作る: プロトタイプはユーザーに触れてもらい、フィードバックを得るためのものです。専門用語を避け、直感的に理解できる形を目指します。実際にユーザーが使う状況を想定し、その体験を再現できるレベルで作成します。
- 「失敗ありき」の姿勢を持つ: プロトタイプはあくまで検証のためのものであり、失敗から学ぶことが最も重要です。最初のプロトタイプが完璧である必要は全くありません。むしろ、早い段階で失敗を発見し、軌道修正できることがデザイン思考の強みです。
フェーズ5:テスト(Test)
課題:
- ユーザーから具体的なフィードバックが得られない、「良いですね」「悪くないです」で終わってしまう。
- 批判的なフィードバックをネガティブに捉えてしまい、改善に活かせない。
- テスト結果をどのように評価し、次のステップに繋げれば良いかわからない。
- テストの対象となるユーザーが見つけにくい。
解決策:
- テスト計画を立てる: 誰に(ターゲットユーザー)、何を(プロトタイプ)、どのように(テストシナリオ、場所、時間)、何を尋ねるか(具体的な質問)、何を観察するか(ユーザーの行動、表情)、何を学びたいか(検証したい仮説、学習目標)を事前に計画します。具体的なフィードバックを引き出すための質問リストを準備することも有効です。製造業向けのテストフェーズに関するフィードバック活用術についても、当サイトの関連記事が参考になります。
- 観察とインタビューを組み合わせる: ユーザーがプロトタイプを操作している様子を観察し、その後で具体的な行動や思考について質問します。「なぜここで立ち止まったのですか?」「この操作は簡単でしたか、難しかったですか?」など、ユーザーの行動の背景にある意図や感情を引き出します。
- 批判的なフィードバックを歓迎する: 批判的なフィードバックこそが、プロトタイプやアイデアの改善点を明確にしてくれる貴重な情報です。個人的な攻撃と捉えるのではなく、「プロトタイプにはまだ改善の余地がある」という事実として受け止め、どのような点が分かりにくかったのか、何が期待外れだったのかなどを深掘りして聞き出します。
- テスト結果からの学習と反復: 得られたフィードバックをチームで共有し、設定した学習目標に対して何が分かったのか、次のプロトタイプでは何を改善すべきかを議論します。そして、その学びを基にアイデアやプロトタイプを改善し、再びテストを行います。この迅速な反復こそが、最終的な解決策の質を高めます。
まとめ
デザイン思考の各フェーズにはそれぞれ特有の難しさがあり、多くの実践者が壁に直面します。しかし、これらの課題は、適切なツールや考え方、そして粘り強い反復によって乗り越えることが可能です。
共感フェーズでの深い理解、定義フェーズでの本質的な課題設定、アイデア創出フェーズでの多様な発想、プロトタイプフェーズでの迅速な具現化、そしてテストフェーズでの建設的なフィードバック活用。これらの各ステップで紹介した具体的なテクニックやアプローチは、日々の業務やプロジェクトにおいて、停滞を打開し、発想力を高め、より良い成果へと繋げる助けとなるでしょう。
デザイン思考は一度学べば終わりではなく、実践と反復を通じて徐々に習得していくものです。ぜひ、本記事でご紹介した課題克服のヒントを参考に、皆様のプロジェクトでデザイン思考を力強く推進していただければ幸いです。