デザイン思考 問いを行動に変える実践ステップ
問いを立てた後にどう動くか デザイン思考における行動への繋ぎ方
デザイン思考では、「共感」のフェーズを経てユーザーや顧客の本質的な課題を理解し、「定義」のフェーズでその課題を明確な問いの形、例えば「どのようにすれば(How Might We - HMW)〇〇できるだろうか?」といった形で表現します。この「問い」は、その後のアイデア発想フェーズの出発点となります。
しかし、素晴らしい問いを立てただけでは、プロジェクトは前進しません。重要なのは、その問いを具体的な行動、すなわちアイデアの発想、プロトタイピング、そしてテストへと繋げていくことです。特に製造業におけるプロジェクトマネージャーの皆様にとっては、抽象的な問いをいかに具体的な改善や新しい取り組みに結びつけ、実行可能な計画に落とし込むかが、成果を出す上で不可欠なステップとなります。
ここでは、デザイン思考で立てた問いを、発想力を維持しつつも実行可能な行動へと繋げるための実践的なステップと、その際に考慮すべき点について解説いたします。
問いからアイデア発想への具体的な展開
HMWクエスチョンは、特定の課題に対する可能性を探るための強力な枠組みです。「どのようにすれば、顧客は製品のメンテナンスをもっと容易に感じられるだろうか?」といった問いは、多様な解決策を模索するきっかけになります。この問いを、具体的なアイデア発想へ繋げるためには、以下のステップが有効です。
1. 問いを分解し、焦点を絞る
一つの大きな問いから直接具体的なアイデアを出すのは難しい場合があります。問いをより小さな、扱いやすい要素に分解することで、発想の焦点を絞りやすくなります。
例えば、「どのようにすれば、顧客は製品のメンテナンスをもっと容易に感じられるだろうか?」という問いは、以下のように分解できます。
- どのようにすれば、顧客はメンテナンス時期を逃さず把握できるだろうか?
- どのようにすれば、顧客は必要な部品を簡単に入手できるだろうか?
- どのようにすれば、顧客は複雑な手順を迷わず実行できるだろうか?
- どのようにすれば、顧客はメンテナンスにかかる時間や手間を減らせるだろうか?
このように分解された個別の問いは、より具体的で、アイデア発想の方向性を明確にします。
2. 問いを様々な視点から再構築する
同じ問いでも、異なる視点や前提を導入することで、思いもよらないアイデアが生まれることがあります。リフレーミングの手法を用いることで、問いを別の角度から見直します。
- 否定から入る: 「どのようにすれば、顧客が製品のメンテナンスを避けるのをやめさせられるだろうか?」 (リバースブレインストーミング的なアプローチ)
- 極端な状況を考える: 「もしメンテナンスが完全に自動化されたら、どうなるだろうか?」
- 他分野から学ぶ: 「他の業界(例:自動車修理、家電修理)では、メンテナンスの容易さをどう実現しているだろうか?」
これらの問いは、標準的なHMWクエスチョンから離れ、固定観念を打ち破るための刺激となります。
3. 問いを視覚化・具体化する
抽象的な問いを具体的なシーンや課題として想像できるように視覚化することも有効です。カスタマージャーニーマップの一部として問いを位置づけたり、問いが解決された理想的な未来のシナリオをストーリーボードで描いたりすることで、チーム全体で同じ課題意識を共有し、具体的なアイデアをイメージしやすくなります。
アイデアからプロトタイピングへの橋渡し
アイデア発想フェーズで多くのアイデアが出た後、それを具体的な「行動」としてのプロトタイピングに繋げる必要があります。すべてのアイデアをプロトタイプにするわけにはいかないため、実行可能性やインパクトなどを考慮してアイデアを選定し、具体的な形に落とし込むプロセスが重要になります。
1. アイデアの具体的な要素を抽出する
選定されたアイデアに対し、「それは具体的に何をするものなのか?」「誰が、いつ、どのように使うのか?」といった要素を明確にします。曖昧な表現を避け、機能、対象ユーザー、利用シーンなどを具体的に記述します。これは、アイデアを単なる思いつきから、検証可能な仮説へと変換する第一歩です。
2. 検証すべき「仮説」を定義する
プロトタイプは、アイデアが本当にユーザーの課題を解決するのか、あるいは望ましい体験を提供するのかといった「仮説」を検証するために作成されます。したがって、アイデアをプロトタイプ化する前に、そのアイデアによって何を検証したいのか、具体的な仮説を明確に定義します。
例えば、「製品メンテナンスの手順を解説する短い動画を提供すれば、顧客は迷わずメンテナンスを実行できるようになるだろう」といった仮説が考えられます。
3. 検証に必要な最小限の要素でプロトタイプを設計する
仮説を検証するために最も効率的なプロトタイプの形式を選択します。すべての機能を網羅する必要はありません。検証したい仮説に関連する最小限の要素だけを盛り込みます。製造業においては、紙や段ボールを用いた物理的なモックアップ、簡単な操作を試せるインタラクティブなデジタルプロトタイプ、サービスであればロールプレイングやシナリオウォークスルーなどが考えられます。重要なのは、速く、安く作成でき、フィードバックを得やすい形であることです。
4. プロトタイピングの計画を立てる
プロトタイプを作成する目的(検証したい仮説)、対象ユーザー、プロトタイプの形式、作成に必要な期間とリソース、そして最も重要な「テスト方法」(どのようにユーザーからフィードバックを得るか)を具体的に計画します。この計画こそが、「問い」から始まる一連のプロセスを、検証可能な「行動」へと確実に繋げるためのロードマップとなります。
実践に向けた考慮事項
デザイン思考プロセスにおいて、問いを立てることは重要ですが、その問いが具体的な行動や検証に繋がらなければ意味がありません。特にチームでの実践においては、以下の点を意識することが重要です。
- 問いとアイデア、仮説の関連性を常に意識する: アイデア発想が問いから離れてしまったり、プロトタイプが仮説と関係のないものになってしまったりしないよう、プロセス全体で一貫性を保つことが大切です。
- 実行可能性も視野に入れる: 理想論だけでなく、技術的な実現可能性、コスト、期間といった現実的な制約も念頭に置きながら、アイデアを発想し、プロトタイプを計画します。ただし、制約にとらわれすぎず、時には大胆なアイデアも許容するバランス感覚が重要です。
- チーム内で共通認識を持つ: 問いの解釈、アイデアの方向性、プロトタイプの目的などについて、チーム内で十分にコミュニケーションを取り、共通認識を持つことが、スムーズな行動への移行を促進します。
まとめ
デザイン思考における「問い」は、可能性の扉を開く鍵です。しかし、その扉の先へ進み、新たな価値を創造するためには、問いを具体的なアイデア発想、プロトタイピング、そして検証という「行動」へと着実に繋げていく実践力が必要となります。
本稿でご紹介したステップは、そのための具体的な手助けとなるはずです。プロジェクトや日々の業務の中で、素晴らしい問いを立てた際には、その問いを分解し、様々な角度から眺め、検証可能な仮説へと落とし込み、素早く形にして試すというサイクルを回すことを意識してみてください。この実践こそが、デザイン思考の力を最大限に引き出し、課題解決やイノベーションへと繋がる道を切り拓くことでしょう。