デザイン思考 リバースブレインストーミング 課題を悪化させて本質を掴む
デザイン思考 リバースブレインストーミング 課題を悪化させて本質を掴む
プロジェクトの推進において、既存の課題に対する解決策がなかなか見つからなかったり、アイデアが陳腐化したりすることはないでしょうか。特に製造業の現場では、長年の慣習や技術的な制約から、発想が特定の方向に固まってしまいがちです。デザイン思考は、このような状況を打破し、新しい視点から問題に取り組むための強力なアプローチを提供します。
今回は、デザイン思考のアイデア創出フェーズで非常に有効でありながら、通常のブレインストーミングとは一線を画す「リバースブレインストーミング」という手法をご紹介します。この手法は、問題を「解決する」のではなく、あえて「悪化させる」方法を考えることで、課題の本質を深く理解し、斬新な解決策を導き出すことを目指します。
リバースブレインストーミングとは
リバースブレインストーミング(Reverse Brainstorming)は、文字通り「逆転の発想」を用いるブレインストーミング手法です。通常のブレインストーミングが「どうすれば目的を達成できるか」「どうすれば問題を解決できるか」を問うのに対し、リバースブレインストーミングは「どうすれば目的達成を妨げられるか」「どうすれば問題を悪化させられるか」という逆の問いを立てます。
この逆説的なアプローチには、以下のようなメリットがあります。
- 発想の壁を壊す: 普段考えもしない「悪い状況」を意図的に考えることで、固定観念や既成概念から解放されやすくなります。
- リスクを特定する: 問題を悪化させる要因をリストアップすることで、潜在的なリスクや失敗要因を早期に発見できます。
- 課題の本質を理解する: 問題が悪化するシナリオを深く掘り下げる過程で、課題の根本原因や隠れた側面が見えてきます。
- 解決策を逆算する: 問題を悪化させる方法が見つかれば、その逆を行うことが効果的な解決策につながる可能性が高まります。
リバースブレインストーミングの実践ステップ
リバースブレインストーミングは、以下のステップで進めることができます。チームで行うことで、多様な視点からのアイデアを引き出すことが可能です。
ステップ1: 課題(または目標)を設定する
まず、焦点を当てたい具体的な課題や達成したい目標を明確に定義します。「製造ラインの不良率を下げる」「顧客満足度を向上させる」「新製品の市場投入を成功させる」など、具体的であればあるほど、次のステップでの発想が深まります。
ステップ2: 問題を「悪化させる」アイデアを発想する
設定した課題に対し、「どうすればこの問題をさらに悪化させられるか」あるいは「どうすればこの目標達成を完全に失敗させられるか」という問いを立てます。ここでは、批判や評価を一切せず、常識にとらわれない自由な発想を促します。例えば、「製造ラインの不良率を下げる」という課題であれば、「どうすれば不良率を最大化できるか」を考えます。
- 最も安い、質の悪い部品だけを使う
- 作業員のトレーニングを一切行わない
- 設備のメンテナンスを全くしない
- 検査工程をなくす
- 基準を満たさない製品も出荷する
- 部署間の情報共有を完全に断つ
といった具合に、考えられる限りの「悪い」アイデアをリストアップしていきます。量は質に転化するという考え方で、できるだけ多くのアイデアを出すことが重要です。
ステップ3: 「悪化させる」アイデアを「逆転」させる
ステップ2でリストアップした「問題を悪化させる方法」それぞれに対し、今度はその「逆」を考えます。これが効果的な解決策のヒントとなります。
- 「最も安い、質の悪い部品だけを使う」→「品質の高い、信頼できる部品を選定する基準を設ける、サプライヤーとの連携を強化する」
- 「作業員のトレーニングを一切行わない」→「定期的なトレーニングプログラムを導入し、スキルアップを支援する」
- 「設備のメンテナンスを全くしない」→「予防保全計画を策定し、定期的な点検とメンテナンスを実施する」
- 「検査工程をなくす」→「多段階での検査体制を構築し、品質管理を徹底する」
- 「基準を満たさない製品も出荷する」→「出荷基準を明確にし、違反があった場合の厳格な対応ルールを設ける」
- 「部署間の情報共有を完全に断つ」→「定期的な会議や共有ツールを導入し、情報連携を密にする」
このように、「悪い」アイデアの裏側にある「良い」状態や行動を洗い出していきます。
ステップ4: 「逆転」アイデアから具体的な解決策を導出する
ステップ3で得られた「逆転」アイデアは、そのまま実行可能な解決策である場合もあれば、さらに掘り下げる必要がある場合もあります。「品質の高い部品選定」であれば、具体的にどのような基準か、どのサプライヤーと連携するかといった詳細を検討します。「定期的なトレーニングプログラム」であれば、どのような内容か、誰が担当するか、頻度はどうかなどを具体化します。
ここでは、導き出された解決策候補の中から、実現可能性や効果の大きさを考慮して、優先順位を付けたり組み合わせたりしながら、実行に移せる具体的なアクションプランを作成します。
ステップ5: 解決策を評価・具体化する
導き出された具体的な解決策が、当初の課題解決や目標達成にどれだけ貢献するかを評価します。必要に応じて、プロトタイピングやスモールスタートで試行し、効果検証と改善を重ねるプロセスに入ります。
製造業プロジェクトでの応用例
リバースブレインストーミングは、製造業の多様なプロジェクトで活用できます。
- 製造ラインの効率改善: 「どうすればラインの稼働率を最低にできるか」を考える(ボトルネックを増やす、段取り時間を無限に長くする、頻繁に故障させるなど)ことで、稼働率向上に必要な具体的な改善点(ボトルネック解消、段取り時間短縮、予知保全など)が見えてきます。
- 製品開発における品質問題対策: 「どうすれば最もクレームが多い製品を作れるか」を考える(設計ミスを意図的に組み込む、耐久性のない素材を使う、過酷な環境でのテストをしないなど)ことで、設計段階やテストプロセスにおける品質向上策が明確になります。
- サプライチェーンの最適化: 「どうすれば納期遅延や在庫過多が頻発するサプライチェーンを作れるか」を考える(サプライヤーとの連携を断つ、需要予測を全くしない、輸送ルートを非効率にするなど)ことで、サプライチェーン全体の可視化、情報共有の仕組み構築、輸送効率改善といった解決策につながります。
実践のヒントと注意点
- 安全な場を作る: 「悪い」アイデアを出すという性質上、参加者が自由に発言できるよう、心理的安全性が確保された雰囲気づくりが不可欠です。
- 批判をしない: ステップ2では、どんなに奇妙に聞こえるアイデアであっても、批判せずすべて受け入れ、記録します。
- 問いを明確にする: 「どうすれば悪化させられるか」という問いは、課題に対して具体的に設定することが重要です。
- 逆転の視点を忘れずに: ステップ3への移行をスムーズに行うため、ステップ2で出した「悪い」アイデアのリストを後から見返せるようにしておきます。
- ポジティブな解決策へつなげる: 「悪化させる」というネガティブな思考で終わらせず、必ず「逆転」させて具体的なポジティブな解決策に結びつけることが目的です。
まとめ
リバースブレインストーミングは、既存の思考パターンから抜け出し、課題を新しい角度から捉え直すための強力なデザイン思考ツールです。特に、行き詰まりを感じているプロジェクトや、抜本的な改革が必要な状況において、この「課題を悪化させる」という逆説的なアプローチが、予期せぬ突破口を開くことがあります。
製造業のプロジェクトマネージャーの皆様には、ぜひチームでこの手法を試していただくことをお勧めします。通常のブレインストーミングでは得られなかったユニークなアイデアや、課題の本質を深く理解するための重要な気づきが得られるはずです。既成概念にとらわれず、発想を「逆転」させる勇気が、プロジェクトの成功、ひいては組織のイノベーションにつながります。