デザイン思考チーム発想 具体的な構造化テクニックと実践ステップ
はじめに
製造業におけるプロジェクト推進において、チームでのアイデア創出は不可欠なプロセスです。しかし、時にアイデア出しがマンネリ化したり、特定のメンバーに発言が偏ったり、多様な視点が十分に引き出せなかったりといった課題に直面することもあるかと存じます。デザイン思考における「アイデア発想(Ideation)」フェーズでは、質・量ともに豊かなアイデアを生み出すための様々なテクニックが用いられます。中でも、構造化された発想テクニックは、チームの集合知を効率的に引き出し、アイデアの幅を広げる上で有効な手段となります。
本稿では、デザイン思考におけるチームでのアイデア発想に焦点を当て、特に実践的で効果的な構造化テクニックをいくつかご紹介します。これらのテクニックは、単なる自由奔放なブレインストーミングに留まらず、一定のルールやフレームワークを用いることで、参加者全員がアイデアを出しやすく、また互いのアイデアを刺激し合える環境を作り出します。製造業のプロジェクトチームにおいても、これらの方法論を取り入れることで、より質の高い、実現可能性の高いアイデアを生み出すことが期待できます。
デザイン思考におけるアイデア発想フェーズの重要性
デザイン思考のプロセスにおいて、アイデア発想フェーズは共感(Empathize)と定義(Define)フェーズで得られた顧客(ユーザー)のインサイトや本質的な課題(PoV: Point of View)に基づき、多角的な解決策を検討する創造的な段階です。このフェーズの質が、その後のプロトタイピングやテストフェーズで検証されるアイデアの可能性を大きく左右します。
特にチームで行うアイデア発想は、多様な経験、知識、視点を持ち寄り、一人では思いつかないようなユニークなアイデアを生み出す可能性を秘めています。しかし、この多様性が時に意見の衝突や発散しすぎるといった課題にも繋がるため、発想プロセスを適切に構造化し、チーム全体が効果的に貢献できる環境を整備することが重要となります。
チームでのアイデア発想を加速する具体的な構造化テクニック
ここでは、チームでの活用に適した、デザイン思考における代表的な構造化アイデア発想テクニックをいくつかご紹介します。
1. ブレインライティング(Brainwriting)
ブレインライティングは、ブレインストーミングの欠点である「発言者の影響力」や「発言の順番待ち」を克服するために考案された手法です。参加者が順番に、または同時にアイデアを書き出していくことで、全員が積極的に参加しやすくなります。
- 目的: 参加者全員から平等にアイデアを引き出し、書かれたアイデアを刺激として新たなアイデアを生み出す。
- 具体的な進め方:
- 準備: 各参加者にアイデア記入用紙(例:3マス×5行の表)とペンを用意します。ポストイットを使用しても構いません。課題(HMWクエスチョンなど)を明確に共有します。
- アイデア記入(ラウンド1): 各参加者は自分の用紙の最初の数マス(例:3マス)に、課題に対するアイデアを静かに書き出します。時間は3〜5分程度とします。
- 用紙の交換: 時間が来たら、参加者は隣の人と用紙を交換します。
- アイデア記入(ラウンド2以降): 交換した用紙に書かれたアイデアを読み、それらを刺激として、新たなアイデアを自分の用紙の空いているマスに書き加えます。これも3〜5分程度で行います。
- 繰り返し: この交換と記入のプロセスを、用紙がアイデアで埋まるか、設定した時間・ラウンド数に達するまで繰り返します。
- アイデアの共有・整理: 全員の発想が終わったら、集まったアイデアを壁などに貼り出し、アフィニティダイアグラムなどの手法でグルーピングや整理を行います。
- チームでの活用ポイント: 発言が苦手なメンバーもアイデアを出しやすく、他のメンバーのアイデアから刺激を得やすい点がメリットです。特に初対面のチームや、階層のある組織での実施に有効です。製造業においては、技術部門、製造部門、営業部門など、異なるバックグラウンドを持つメンバーが集まる場合に、それぞれの視点からのアイデアを平等に引き出すのに役立ちます。
2. マトリックス法(Matrix Method)
マトリックス法は、複数の要素や属性を組み合わせて強制的にアイデアを生み出す手法です。アイデアの要素を分解し、それらを掛け合わせることで、通常では思いつかないような組み合わせを発見できます。
- 目的: 既存の要素や概念を組み合わせて、新しいアイデアの可能性を探索する。
- 具体的な進め方:
- 軸の選定: アイデアを考える上で重要となる、異なる要素や属性を2つ以上(通常は2つか3つ)選び、それらをマトリックスの軸とします。例:「顧客タイプ」×「利用シーン」、「製品機能」×「提供方法」、「課題」×「技術」。
- 要素のリストアップ: 各軸について、具体的な要素やバリエーションをリストアップします。例:「顧客タイプ」軸であれば「個人顧客」「法人顧客」「海外顧客」、「利用シーン」軸であれば「オフィス」「移動中」「家庭」など。
- マトリックス作成: 選定した軸と要素でマトリックスを作成します。例えば2軸なら表形式になります。
- アイデア生成: マトリックスの各セル(軸の要素が交差する部分)を見て、「この顧客タイプがこの利用シーンで利用する際のアイデアは?」といった問いを立て、アイデアを生成します。
- チームでの活用ポイント: 複数のメンバーで軸や要素を出し合い、マトリックスを埋めていくプロセス自体が協働的な発想を促します。特に、既存の製品やサービス、プロセスを改善する際に、要素を分解し、新しい組み合わせを検討するのに適しています。製造業における製品開発であれば「素材」×「形状」×「機能」、プロセス改善であれば「工程」×「担当部門」×「改善手法」といった軸を設定し、アイデアを出すことが考えられます。
3. KJ法(Kawasaki Jiro Method)
KJ法は、文化人類学者の川喜田二郎氏によって考案された、アイデア発想から情報の整理、洞察の発見までを網羅する包括的な手法です。特にチームで多量な情報を扱う際に有効です。デザイン思考のアフィニティダイアグラムと類似点が多いですが、発想から構造化までを一連の流れとして捉えます。
- 目的: 個人やチームで出した多量のアイデアや情報を、関連性に基づいてグループ化し、全体像を把握し、本質的な問題構造や解決策の糸口を発見する。
- 具体的な進め方:
- 発想: 課題に対して、個人またはチームで自由にアイデアや意見をポストイットなどに1つずつ書き出します。ブレインストーミングやブレインライティングなどを活用します。
- ラベリング: 書き出したポストイットを全て壁などに貼り出し、内容を読み合わせます。内容が曖昧なものは明確にします。
- グルーピング(親近図法): 内容が似ているもの、関連性があると思われるポストイットを、参加者全員で動かしながら物理的に近くに集めてグループを作ります。このとき、事前にカテゴリーを決めず、アイデア同士の「親近性」で自然に集めるのがポイントです。
- 表札作り: できたグループごとに、そのグループ全体の内容を端的に表す見出し(表札)を考え、ポストイットで作成して貼り付けます。
- 図解化: グループ間の関係性(原因・結果、包含関係など)を線で結ぶなどして図解化します。これにより、問題の構造やアイデアの関連性が視覚的に明確になります。
- 文章化: 図解化された内容を文章にまとめ、チーム全体の共通理解を深めます。
- チームでの活用ポイント: チームでアイデアを出し切った後、それらを構造的に整理し、共通認識を形成するのに非常に強力な手法です。特に、複雑な課題や、多様な意見が出やすいテーマに取り組む際に、情報の海に溺れることなく、本質を見抜く助けとなります。製造業における部門横断の課題解決プロジェクトや、顧客からの様々な要望を整理し新製品アイデアに繋げる際などに有効です。
構造化テクニックをチームで実践するステップ
これらの構造化テクニックをチームで効果的に実践するための一般的なステップを以下に示します。
- 目的と課題の明確化: 何のためにアイデアを出すのか、どのような課題を解決したいのかをチーム全員で共有し、明確にします。HMW(How Might We)クエスチョン形式で問いを定義すると、アイデア発想の方向性が定まります。
- 適切なテクニックの選定: チームの人数、かけられる時間、課題の性質、チームの慣れなどに合わせて、上記で紹介したテクニックやその他の手法の中から最適なものを選定します。
- ルールの設定と共有: テクニックごとに推奨されるルール(例:批判しない、量より質、奇抜なアイデアも歓迎など、ブレインストーミングの基本原則や、ブレインライティングであれば静かに書くルールなど)を事前にチーム全員に共有し、理解を徹底します。
- ファシリテーション: 発想セッション中は、進行役(ファシリテーター)が時間を管理し、ルールが守られているかを確認し、参加者がアイデアを出しやすい雰囲気を作ります。必要に応じて、問いを投げかけたり、出ているアイデアをリフレクションしたりします。
- アイデアの記録: 出てきたアイデアは全て記録します。ポストイットやホワイトボード、デジタルツールなどを活用します。
- アイデアの整理と評価: 発想セッションで出たアイデアを、KJ法やアフィニティダイアグラム、ドット投票などで整理・分類・評価し、次のアクションに繋げる候補を絞り込みます。構造化テクニック自体に整理の要素が含まれている場合もあります。
- 振り返り: セッション後、チームでプロセスを振り返り、何がうまくいったか、改善点は何かを話し合います。
まとめ
デザイン思考におけるチームでのアイデア発想は、多様な視点を取り入れ、創造性を高める上で非常に重要です。本稿でご紹介したブレインライティング、マトリックス法、KJ法といった構造化テクニックは、チームの集合知を最大限に引き出し、マンネリを打破し、より質の高いアイデアを生み出すための強力なツールとなり得ます。
これらのテクニックは、そのままの形で用いるだけでなく、チームの状況や課題に合わせて柔軟に組み合わせたり、アレンジしたりすることも可能です。まずはチームで一つでも試してみてはいかがでしょうか。実践を通じて、きっとあなたのチームのアイデア発想力は飛躍的に向上することでしょう。