発想力を拡張するマンダラート デザイン思考での具体的な使い方
ビジネスの現場では、日々の業務に追われる中で、既存の枠にとらわれない新しいアイデアを生み出すことに難しさを感じる場合があります。特に製造業のような専門性の高い分野では、これまでの成功体験や常識が、かえって発想の壁となることも少なくありません。
デザイン思考は、このような状況を打破し、ユーザー中心のアプローチで革新的なアイデアを生み出すための強力なフレームワークです。その中でも、「アイデア発想(Ideation)」フェーズは、文字通り多様なアイデアを量産し、可能性を広げる重要な段階です。このフェーズを効果的に進めるための具体的なテクニックとして、今回は「マンダラート」に焦点を当て、デザイン思考の中でどのように活用できるかをご紹介します。
マンダラートは、発想法の一つであり、中心テーマから思考を拡散・構造化していく手法です。単にアイデアを羅列するのではなく、関連性を持たせながら網羅的に思考を進めることができるため、特に固定観念を打破し、多角的な視点からアイデアを生み出したい場合に有効です。
マンダラートとは何か
マンダラートは、仏教の曼荼羅模様にヒントを得て開発されたフレームワークです。9×9のマス目(合計81マス)を使用します。
- 中心のマス: 解決したい課題や、発想したいメインテーマを記入します。
- 中心を取り囲む8マス: 中心テーマから連想されるキーワード、要素、視点などを記入します。
- 外側の8×8マス(合計64マス): 中心を取り囲む8つのキーワードそれぞれを小テーマとして、さらにそこから連想される具体的なアイデアや関連事項を記入します。
この構造により、思考が中心から周囲へと自然に広がり、体系的に整理されながら新たな発想を促すことができます。
デザイン思考におけるマンダラートの位置づけ
デザイン思考は、「共感」「定義」「アイデア発想」「プロトタイプ」「テスト」という一連のフェーズで構成されます。マンダラートは主に「アイデア発想」フェーズでその力を発揮します。
デザイン思考の「定義(Define)」フェーズでは、共感フェーズで得られたインサイトに基づき、解決すべき本質的な課題を「Persona」や「Point of View (POV)」といった形で明確にします。この明確化された課題やニーズをマンダラートの中心テーマに据えることで、ユーザー中心の視点を保ったまま、発想を深めることが可能です。
マンダラートを使うことで、単なるブレインストーミングに留まらず、多様な切り口から漏れなくアイデアを洗い出し、それらを関連付けながら発展させることができます。これは、従来の思考パターンから抜け出し、真に革新的な解決策を見つけるための助けとなります。
マンダラート実践の具体的なステップ
デザイン思考のアイデア発想フェーズでマンダラートを効果的に使用するための具体的なステップをご紹介します。
- 中心テーマの設定: デザイン思考の定義フェーズで明確にした「解決すべき課題」や「ユーザーのニーズ」をマンダラートの中央のマスに記入します。例えば、「製造現場の作業効率を上げる」「顧客体験を向上させるサービスを開発する」といった具体的なテーマを設定します。
- 中心テーマから8つのキーワードを抽出: 設定した中心テーマについて、「それは何で構成されるか」「どのような要素が関係するか」「異なる視点から見るとどうか」といった問いを立てながら、関連する8つのキーワードや視点を考え、中心を取り囲むマスに記入します。例:「製造現場の作業効率向上」であれば、「人の動き」「情報の流れ」「設備」「環境」「教育」「評価」「コミュニケーション」「技術導入」などが考えられます。ブレインストーミングやKJ法、アフィニティダイアグラムなど、他の手法で洗い出した要素をここに応用することも有効です。
- 各キーワードから8つのアイデアを展開: 中心を取り囲む8つのキーワードそれぞれを、外側の8×8マスの中央のマスに転記します。そして、それぞれのキーワードを中心テーマとして、さらに具体的なアイデアやアクションを8つずつ考え、周囲のマスに記入していきます。例えば、「人の動き」というキーワードに対して、「作業動線の見直し」「治具の改善」「標準作業の徹底」「ロボット活用」「体の負担軽減」「立ち位置最適化」「複数人作業の連携」「ヒューマンエラー防止策」といった具体的なアイデアを展開します。この段階では、アイデアの質よりも量を重視し、自由な発想を促すことが重要です。突飛に思えるアイデアも書き留めておきます。
- アイデアの組み合わせと深掘り: 81マスすべてが埋まったら、全体のマップを俯瞰します。マスとマスを関連付けたり、異なるキーワードの下で生まれたアイデアを組み合わせたりすることで、さらに新しい発想が生まれることがあります。例えば、「設備のIoT化」というアイデアと「作業者のスキルアップ」というアイデアを組み合わせ、「IoTデータを活用した個別最適化研修プログラム」といったアイデアに発展させるなどが考えられます。
- アイデアの評価と選定: 生成された多数のアイデアの中から、デザイン思考の次のフェーズ(プロトタイプ、テスト)に進めるアイデアを絞り込みます。ユーザーニーズとの整合性、実現可能性、革新性などの観点から評価を行います。この段階で、チームで議論したり、評価基準を設けたりすることが効果的です。
チームでのマンダラート活用法
マンダラートは個人ワークとしても有効ですが、チームで実施することで、多様な視点を取り込み、より豊かな発想を促すことができます。
- 全員で同時に記入: 各自が同じマンダラートシート(またはツール)を見ながら、同時にアイデアを記入していく方法です。他者の発想に刺激を受けやすいという利点があります。
- キーワードごとに担当を分ける: チームメンバーで8つのキーワードを分担し、それぞれが担当キーワードについてアイデアを深掘りする方法です。効率よく網羅的に発想を進められます。
- 付箋やオンラインツールを活用: 大きな紙やホワイトボードにマンダラートの枠を描き、付箋にアイデアを書いて貼り付けていく方法や、 Miro、 Mural などのオンラインツールを利用することで、複数人でリアルタイムに共同作業ができます。アイデアの移動や整理も容易です。
チームで実施する際は、心理的安全性を確保し、どんなアイデアも歓迎する雰囲気を作ることが重要です。
製造業プロジェクトマネージャーへの応用例
製造業のプロジェクトにおいて、マンダラートは様々な場面で活用できます。
- 新製品・新サービス開発: 顧客の潜在ニーズ(定義フェーズで明確化)を中心に置き、製品機能、デザイン、製造プロセス、販売チャネル、アフターサービス、顧客体験など、多角的な視点からアイデアを発想します。
- 生産プロセス改善: 「特定の工程のリードタイム短縮」や「品質バラつきの低減」といった課題を中心に置き、人、設備、材料、方法、測定、環境といった切り口から改善策を網羅的に洗い出します。
- 社内コミュニケーション活性化: 「部署間の情報共有不足」といった課題を中心に置き、会議、レポート、ツール、交流機会、評価制度、教育、目標設定など、様々な側面から解決策を考えます。
- チームのモチベーション向上: 「チームの士気低下」といった課題を中心に置き、評価、報酬、キャリアパス、人間関係、仕事の面白さ、目標共有、職場環境、自己成長といった要素から具体的な施策アイデアを生み出します。
まとめ
マンダラートは、中心テーマから関連要素を広げ、さらに具体的なアイデアへと深掘りしていくことで、思考を構造化し、発想の幅と奥行きを同時に拡大できる強力なツールです。デザイン思考のアイデア発想フェーズにおいて、定義された課題に対する多様な解決策を生み出すために非常に有効です。
日々の業務で「いつも同じようなアイデアしか出てこない」「発想の壁にぶつかっている」と感じている方は、ぜひ一度マンダラートを試してみてください。個人で手軽に始めることも、チームでワークショップ形式で実施することも可能です。マンダラートで生み出されたアイデアは、デザイン思考の次のステップであるプロトタイプやテストへと進めることで、具体的な価値創造へとつながっていきます。発想力を拡張し、プロジェクトを成功に導くための第一歩として、マンダラートをデザイン思考の実践に取り入れてみてはいかがでしょうか。