製造業プロジェクトで役立つデザイン思考ジャーニーマップ活用法 実践ステップ
はじめに
製造業におけるプロジェクト推進において、技術力や効率性の追求はもちろん重要です。しかしながら、市場の変化や顧客ニーズの多様化が進む現代においては、製品やサービスが最終的に誰に、どのように届けられ、どのような体験をもたらすのか、といった顧客やユーザー視点の重要性がますます高まっています。
既存の枠組みにとらわれず、新たな視点から課題を発見し、革新的な解決策を生み出すデザイン思考は、このような状況において強力な手法となり得ます。特に、デザイン思考のツールの一つである「ジャーニーマップ」は、対象者の体験を時間軸で可視化することで、見落としがちな課題や潜在的なニーズを浮き彫りにするのに有効です。
この記事では、製造業のプロジェクトに携わる皆様が、デザイン思考のジャーニーマップを効果的に活用し、顧客やユーザーの視点を取り入れたプロジェクト推進、部署間の連携強化、そして新しいアイデアの創出に繋げられるよう、具体的な実践ステップと活用法を解説いたします。
デザイン思考におけるジャーニーマップとは
ジャーニーマップ(Customer Journey MapやUser Journey Mapとも呼ばれます)は、特定のペルソナ(典型的な顧客やユーザー像)が、ある目標を達成するまでの道のり(ジャーニー)を、体験者の視点から時系列で可視化したツールです。
ジャーニーマップの主な構成要素は以下の通りです。
- ペルソナ: ジャーニーの中心となる架空の人物像です。年齢、職業、興味、課題、目標などが設定されます。
- ステージ: ジャーニーを構成する一連の段階やフェーズです。例えば、「製品の認知」「情報収集」「購入」「使用」「サポート」などがあります。
- 行動 (Actions): 各ステージでペルソナが行う具体的な行動です。
- 思考 (Thoughts): 各ステージでペルソナが考えていることです。
- 感情 (Feelings/Emotion): 各ステージでペルソナが感じていることです。感情のグラフで可視化されることもあります。
- タッチポイント (Touchpoints): 各ステージでペルソナが製品、サービス、組織と接する全ての接点です。ウェブサイト、店舗、担当者、マニュアル、梱包材なども含まれます。
- 課題 (Pain Points): 各ステージでペルソナが経験する困難や不満です。
- 機会 (Opportunities): ペルソナのジャーニーにおける課題や潜在ニーズから導き出される、改善や新たな価値提供の機会です。
このツールを用いることで、組織は一方的な視点ではなく、体験者である顧客やユーザーの立場から、製品やサービスに関わる一連の流れを多角的に理解することができます。
なぜ製造業プロジェクトでジャーニーマップが役立つのか
製造業においては、製品が顧客の手元に届くまでに、研究開発、設計、調達、製造、品質管理、販売、物流、サービスなど、多くの部署や工程が関わります。それぞれの工程で専門性が高まる一方で、全体の顧客体験が見えにくくなる、あるいは部署間の連携が円滑に進まないといった課題が生じることがあります。
ジャーニーマップは、このような製造業特有の状況においても、以下の点で有効に機能します。
- 顧客・ユーザー視点の醸成: 最終製品のユーザーだけでなく、「次の工程の担当者」や「販売代理店」など、内部・外部の様々な「顧客」のジャーニーを可視化することで、関係者全体の顧客視点を高めます。
- 潜在課題の発見: 通常の業務フローやプロセス図では見えにくい、顧客の感情の動きや隠れた不満、使い方の工夫などを発見する手がかりとなります。
- 部署間連携の促進: 異なる部署の関係者が共通のジャーニーマップを参照することで、全体の流れの中での自身の役割を理解し、部署間の課題や連携の必要性を認識しやすくなります。
- 新しいアイデアの創出: ジャーニー上の課題や機会を明確にすることで、それを解決するための新しい製品機能、サービス、プロセス改善などのアイデア発想の起点となります。
- 関係者の共通理解: 複雑なプロジェクトやプロセスに関わる多様な関係者間で、現状の課題や目指すべき体験について共通の認識を持つための視覚的なコミュニケーションツールとして機能します。
製造業におけるジャーニーマップの対象は、必ずしも外部の最終顧客だけではありません。例えば、「ある部品が製造ラインを流れていくジャーニー」や、「営業担当者が顧客に製品を提案し、受注に至るまでのジャーニー」、「新入社員が研修を受け、一人立ちするまでのジャーニー」など、社内外の様々なプロセスや関係者を対象に適用することができます。
ジャーニーマップ作成の具体的な実践ステップ
ここでは、デザイン思考のプロセスに沿ったジャーニーマップ作成の具体的なステップを解説します。チームやプロジェクトの状況に合わせて、柔軟に進めてください。
ステップ1: 目的と対象を明確にする
まず、なぜジャーニーマップを作成するのか、その目的を明確にします。例えば、「新製品の顧客体験における課題発見」「製造ラインの効率化におけるオペレーターの困りごと特定」「サービスのオンボーディングプロセス改善」などです。
次に、誰の、どのようなジャーニーを描くのか、対象を定めます。特定の顧客層、社内の特定の役割を持つ人、あるいは物理的なモノの移動プロセスなど、目的によって対象は異なります。
ステップ2: ペルソナを設定する
対象とするジャーニーを体験する代表的なペルソナを設定します。ペルソナは架空の人物ですが、実際のデータや観察に基づいていることが重要です。年齢、背景、行動、目標、不満などを具体的に記述し、チーム全体でペルソナへの共感を深めます。既存のペルソナがあれば活用し、なければ必要に応じて簡易的なものでも構いません。
ステップ3: ジャーニーのステージを定義する
ペルソナが目的を達成するまでの一連のプロセスをいくつかのステージに分解します。ステージ分けに決まった正解はありませんが、一般的には5〜8程度のステージに分けると全体像を捉えやすくなります。「準備」「実行」「完了」といった大まかな区分や、製品ライフサイクルに沿った区分などが考えられます。
ステップ4: 各ステージの行動、思考、感情、タッチポイントを特定する
定義した各ステージにおいて、ペルソナが「何をしているか(行動)」「何を考えているか(思考)」「何をどのように感じているか(感情)」「どこで接点を持つか(タッチポイント)」といった要素を洗い出します。
この情報は、顧客インタビュー、ユーザー観察、アンケート、問い合わせデータ分析、現場担当者へのヒアリングなど、様々な手法を用いて収集します。憶測だけでなく、可能な限り実際のデータや具体的なエピソードに基づいて記述することが、ジャーニーマップの質を高めます。
ステップ5: ジャーニーマップを視覚化する
収集した情報を整理し、ジャーニーマップのフォーマットに落とし込みます。ホワイトボード、模造紙、専用のテンプレートやソフトウェアなど、様々なツールが利用できます。各ステージの要素(行動、思考、感情など)を行列のように配置し、特に感情の推移はグラフで示すと、体験の起伏が分かりやすくなります。
視覚化する過程で、付箋紙などを活用し、チームメンバーで意見を交換しながら共同で作成すると、多様な視点を取り入れることができます。
ステップ6: 課題と機会を特定する
作成したジャーニーマップ全体を眺め、ペルソナの体験が特に悪化している部分(感情の落ち込み)、繰り返し発生する不満(課題)、あるいは満たされていない潜在的なニーズなどを特定します。なぜそこで課題が生じるのか、その根本原因を探ることも重要です。
同時に、ペルソナが満足している点や、期待を上回っている点も特定し、それをさらに伸ばす機会として捉えることもできます。
ステップ7: アイデア創出と改善策の検討
特定された課題や機会を基に、それらを解決または実現するためのアイデアを発想します。デザイン思考のアイデア創出フェーズに繋がる重要なステップです。「どのようにすれば、ペルソナのこの課題を解決できるか?」「この機会を活かすには何ができるか?」といった問いを立て、ブレインストーミングなどを通じて多様な解決策を検討します。
ワークショップ形式での実践
ジャーニーマップ作成は、チームメンバーや関係者を巻き込んだワークショップ形式で行うのが効果的です。
- 参加者: プロジェクトメンバーに加え、顧客と直接接する部署(営業、サービス)、関連部署(設計、製造、物流)、場合によっては実際のユーザーなども招くと、多様な視点が得られます。
- 準備: ペルソナの簡単な紹介資料、ジャーニーの目的と範囲の共有、ジャーニーマップのテンプレート、付箋紙、ペンなどを用意します。
- 進め方:
- ジャーニーマップの目的と、対象となるペルソナについて説明し、共感を促します。
- 定義したステージを共有します。
- 各ステージごとに、ペルソナの「行動」「思考」「感情」「タッチポイント」について、参加者それぞれが付箋に書き出し、テンプレートに貼り付けていきます。
- 全員で貼り付けた付箋を見ながら内容を確認し、議論を通じて情報を統合・整理します。不明な点や意見が分かれる点は、今後の情報収集の宿題とします。
- マップ全体を俯瞰し、課題や機会を特定し、別の付箋に書き出します。
- 特定した課題や機会に対して、簡単なアイデア発想を行います。
ワークショップの時間は、対象の複雑さや参加者の人数によりますが、数時間から一日程度を設定することが多いです。
製造業における適用事例(例)
- 製品設計: 新製品のユーザーが「製品を開梱し、初期設定を行い、初めて使用する」ジャーニーを描き、開梱時の戸惑いや初期設定の難しさを特定。マニュアルの改善や、設定を簡略化する製品設計のアイデアに繋がります。
- 製造プロセス改善: 製造ラインのオペレーターが「ある部品を受け取り、加工し、次の工程に引き渡す」ジャーニーを描き、部品の受け渡し場所の課題や、特定の加工における身体的負担、判断に迷う瞬間などを特定。レイアウト変更や治具改善、作業手順の見直しといった改善策に繋がります。
- アフターサービス: 顧客が「製品の不具合に気づき、サポートに連絡し、修理を受ける」ジャーニーを描き、問い合わせ窓口の探しにくさや、待機時間の長さ、修理状況の不透明さなどを特定。FAQの拡充や、オンラインサポートシステムの導入、進捗通知機能の実装といったサービス改善に繋がります。
実践上の注意点
- 完璧を目指さない: 最初から完璧なジャーニーマップを作る必要はありません。仮説に基づいて作成し、情報収集を進める中で更新していくことが一般的です。
- 多様な視点を取り入れる: 実際の体験者や、異なる部署のメンバーの視点を反映させることが重要です。一部署だけで作成すると、偏った内容になる可能性があります。
- 情報の収集: ジャーニーマップの質は、どれだけ現実に基づいた情報(顧客の声、データ、観察)を取り入れられるかにかかっています。積極的に情報収集を行いましょう。
- 次へのアクションに繋げる: ジャーニーマップを作成すること自体が目的ではありません。特定した課題や機会を、次のデザイン思考のステップ(アイデア創出、プロトタイピング)や、具体的な改善活動に繋げることが最も重要です。
- 定期的な見直し: 顧客のニーズや市場環境は常に変化します。作成したジャーニーマップも定期的に見直し、最新の状況を反映させることが望ましいです。
まとめ
デザイン思考ジャーニーマップは、複雑なプロセスや多様な関係者が関わる製造業プロジェクトにおいて、顧客やユーザー視点を取り入れ、隠れた課題や新たな機会を発見するための強力なツールです。ペルソナ設定から視覚化、そして課題特定・アイデア創出へと続くステップを実践することで、関係者の共通理解を深め、部署間の連携を強化し、より顧客価値の高い製品やサービス開発に繋げることができます。
ご紹介したステップや考え方を参考に、ぜひ皆様のプロジェクトでもジャーニーマップを活用し、発想力をブーストさせてください。