製造業プロジェクトで使える デザイン思考リフレーミング実践ステップ
はじめに:既存の枠を超える視点の重要性
製造業のプロジェクト推進において、品質向上、コスト削減、納期遵守といった長年の課題に対し、既存の知識や手法だけでは革新的なブレークスルーが生まれにくい状況に直面することがあります。熟練した技術と経験は重要ですが、時としてそれが思考の枠を固定し、新しい発想を妨げる要因となる可能性も否定できません。
このような状況を打開し、プロジェクトに新たな視点と活力を注入するためには、問題や課題の見え方そのものを意図的に変える「リフレーミング」が有効です。デザイン思考におけるリフレーミングは、単に言葉を言い換えるだけでなく、根本的な視点を転換することで、これまで気づかなかった本質的な課題や、想像もしていなかった解決策を発見する強力な手法です。
本記事では、製造業のプロジェクトマネージャーをはじめとするビジネスパーソンの皆様が、日々の業務で直面する様々な課題に対して、デザイン思考のリフレーミングをどのように適用し、実践的な成果に繋げられるのかを具体的に解説します。
デザイン思考におけるリフレーミングとは
リフレーミングとは、ある出来事や状況、問題に対する「枠組み(フレーム)」を変え、異なる角度から見直すことで、その意味合いや捉え方を変える手法です。デザイン思考においては、共感フェーズで見出したユーザーのインサイトや課題定義フェーズで特定した問題を、多角的な視点から捉え直し、「解決すべき本質的な問い」や「新たな可能性」を見出すために活用されます。
これは特に、以下のような状況でその真価を発揮します。
- プロジェクトの初期段階で、真に解決すべき課題が不明確な場合
- 既存の解決策が機能しない、あるいは期待する効果が得られない場合
- チーム内で意見が対立し、共通の理解や目標が見出せない場合
- マンネリ化し、新しいアイデアが枯渇していると感じる場合
リフレーミングを通じて、問題を異なる文脈に置き換えたり、関係者の視点を切り替えたりすることで、硬直した思考を解きほぐし、発想の幅を大きく広げることが可能となります。
リフレーミングの実践ステップ:製造業プロジェクトへの応用
リフレーミングは単なる思考法ではなく、具体的な問いかけやワークを通じて実践できるテクニックです。ここでは、製造業プロジェクトで特に有効なリフレーミングの実践ステップを紹介します。
ステップ1:現在の「フレーム」を明確にする
まず、現在どのように問題や状況を捉えているのか、その「フレーム」を言語化します。例えば、「製造ラインの不良率が高い」という問題の場合、現在のフレームは「技術的な問題」「作業員のスキル不足」「設備の問題」など、特定の原因に焦点を当てているかもしれません。これを明確に書き出します。
ステップ2:別の「フレーム」を意図的に作り出す
次に、ステップ1で明確にしたフレームとは異なる、複数の新しいフレームを意図的に設定します。デザイン思考のリフレーミングでは、以下のような切り口が有効です。
- 視点の転換:
- ユーザー(最終製品の利用者)は、この問題や状況をどう見ているか?
- 現場作業員は? 管理者は? 供給元は? 競合他社は?
- 将来の視点(5年後、10年後)ではどう見えるか?
- 子供や全く知識のない人にはどう見えるか?
- 課題の記述を変える:
- How Might We(HMW)クエスチョン[^1]を異なる形で表現する。例:「不良率を下げるには?」→「どのようにすれば、作業員がより楽しく、間違いなく作業できるようになるか?」「どのようにすれば、設備が自身の異常を自動で検知・修正できるようになるか?」
- 問題を機会として捉え直す。例:「不良率が高い」→「不良発生を学習データとして活用し、予知保全を強化する機会」
- 制約や前提を疑う/活用する:
- 当然と思っている前提(例:この工程は変えられない、この設備を使うしかない)を疑ってみる。
- 制約(例:予算がない、時間がない)を逆手に取り、「もし予算が1/10だったらどうするか?」「もし明日までに解決しなければならないとしたら?」と考えてみる。
- あえて非現実的な制約(例:重力を無視する、材料を透明にする)を設けてみる。
- 文脈やスケールを変える:
- 問題を特定のラインから工場全体、サプライチェーン全体へとスケールアップ/ダウンしてみる。
- 問題を製造の文脈だけでなく、設計、販売、メンテナンスといった異なるライフサイクルの文脈で捉え直す。
これらの問いかけを通じて、様々な新しいフレームをリストアップします。
ステップ3:新しいフレームで問題や状況を観察する
ステップ2で設定した新しいフレームそれぞれを用いて、元の問題や状況を改めて観察します。それぞれのフレームがどのような異なる示唆をもたらすか、どのような新しい疑問やアイデアが生まれるかを検討します。
例えば、「作業員がより楽しく作業できるようになるか?」というフレームで「製造ラインの不良率が高い」を見ると、「作業環境が単調すぎるのではないか」「作業手順が複雑すぎるのではないか」「成功体験が少ないのではないか」といった、技術的な原因とは全く異なる視点からの示唆が得られるかもしれません。
ステップ4:最も可能性のあるフレームを選択し、深掘りする
複数の新しいフレームを検討した結果、最も興味深く、新しい発見やブレークスルーに繋がりそうなフレームを選択します。そして、そのフレームに基づいてさらに深く掘り下げ、具体的なアイデア発想や課題定義へと繋げていきます。
選択したフレームから得られた示唆を元に、改めてHMWクエスチョンを設定し直したり、その視点からユーザーの行動観察やインタビューを計画したりすることも有効です。
製造業プロジェクトでのリフレーミング適用例
具体的な製造業プロジェクトのシナリオでリフレーミングの適用を考えてみましょう。
シナリオ: ある製品の組み立て工程で、熟練工でないと高い品質を維持するのが難しいという課題がある。新規採用者のOJTコストも高い。
既存フレーム: 「作業者のスキル不足」「教育・研修プログラムの改善」「自動化投資の不足」
リフレーミングによる新しいフレームの検討:
- 視点の転換(初心者作業員視点): 「どのようにすれば、全く経験のない人でも迷わず、楽しく、正確に組み立てられるか?」
- 制約の活用(触覚制約): 「もし、作業員が目隠ししていても組み立てられるとしたら?」(触覚、音、重みなど、他の感覚への依存度を上げてみる)
- 文脈の変更(製品の使用後): 「もし、製品がユーザーの手元に届いた後、ユーザー自身が簡単に分解・再組み立てできるとしたら?」(設計段階でのモジュール化や組み立てやすさへの視点転換)
- HMWの書き換え: 「熟練工の技術をデジタルで『触れる』ようにするには?」(暗黙知の形式知化やAR/VR活用への示唆)
これらのリフレーミングによって、「研修プログラムの見直し」といった既存フレームでの解決策に加え、「直感的に作業できる治工具の開発」「AR/VRを用いたリアルタイム作業ガイド」「製品設計そのもののアセンブリ容易性向上」「作業員のモチベーション向上施策」など、多様で革新的なアイデアが生まれやすくなります。
リフレーミングをチームで実践するポイント
リフレーミングは一人で行うことも可能ですが、多様な視点を取り込むためにはチームでのワークショップ形式で行うのが最も効果的です。
- 安全な場づくり: どんな突飛なアイデアや視点も否定されない、心理的に安全な環境を作ることが重要です。
- 異分野からの参加: 可能であれば、製品設計、製造、品質保証、販売、カスタマーサポートなど、異なる部署や役割の人に参加してもらい、多様な視点を取り入れます。
- 具体的な問いかけ: ステップ2で紹介したような、具体的なリフレーミングの問いかけリストを用意し、参加者に投げかけます。
- 視覚化の活用: 付箋やホワイトボードを使い、現在のフレーム、新しいフレーム、そこから生まれた示唆やアイデアを視覚化します。
- ファシリテーターの役割: ファシリテーターは、参加者全員が発言できるよう促し、議論が特定のフレームに固執しないよう、意図的に新しい視点を投げかける役割を担います。
チームでこれらのステップを踏むことで、個人では気づけない多角的な視点を取り込み、より質の高いリフレーミングを行うことができます。
まとめ:視点を変え、未来を創る
製造業のプロジェクトにおいて、長年の課題解決や新しい価値創造にデザイン思考のリフレーミングは非常に有効なアプローチです。既存の枠組みにとらわれず、意図的に視点を変えることで、これまで見過ごされてきた本質的な問題や、革新的な解決策への扉が開かれます。
本記事で紹介した実践ステップや視点転換の切り口を参考に、ぜひ皆様のプロジェクトでリフレーミングを試してみてください。最初は難しく感じるかもしれませんが、繰り返し実践することで、柔軟な思考力と発想力を高めることができるはずです。新しい視点から課題を捉え直し、皆様のプロジェクトを成功へと導いてください。
[^1]: How Might We (HMW) クエスチョンは、デザイン思考において課題を「どのようにすれば〜できるだろうか?」という問いの形にすることで、発想の出発点とする手法です。